母が珍しく「読みたい漫画がある」と言うので買ってきた『大家さんと僕』。お笑い芸人の矢部太郎さんの漫画だ。(話題になっていたことは知っていた。)

母が読み終えた後に読んでみた。泣いてしまった。かなしい涙ではなくて。

 

ここ数年はつらいことの連続で、「もう、江戸時代だったらご隠居様なのになあ。」などど考えて現実逃避していたけれど、

まだまだ死にそうにもないから(少なくとも親より早死にするわけにはいかないから)、何とか少ない力を思い切り出して生きてゆかなければならないなあ。

 

昔々、「何をしたって滅多に命をとられることはない。だから何だってできる。」と言ってくれた人がいた。私は若くて、わからないことだらけで、ああそういうものかと漠然と思った。その人は自分自身に言い聞かせていたのだろうなと今になって気付くけれども、本当に、今が人生で一番若いのだと実感する。あらゆるものを失っても。

 

                                                2018.12.30

                                         

『川柳 杜人』2018冬号を読む。

 

くんじろうさんが、京都の川柳結社「ふらすこてん」のことについて書いておられる。

川柳の句会はいい加減にゆるくやるのなら、特に主催者側に苦労はないけれど、ちょっとでも真面目に取り組む場合はとっても労力が要る。

なにかしらの会を立ち上げて続けるには、ある程度の覚悟は必要で、記事を読むと「ふらすこてん」は最初から10年で解散することが決まっていたとあるから、そもそも合理的な考えに基づいて運営されていたのだろう。基本的に、何事においてもただ続ければいいというものではなかろうと思うので、結社が予定通りの期間で満了したことは悪いことでもなかろうけれど、くんじろうさんは文章上、嘆いてみせている。

 

「句を読む」「選をする」「川柳論」という三つの課題(という設定に文章上なっている)について、達成していないとのこと。当たり前のことだけれども、勉強同様どれも本気で取り組まなければきちんと行えないことばかり。楽しい趣味として句会に参加する人が圧倒的に多いのだから、それは難しいことだろう。大人になればなるほど社会生活は厳しいから、プライベートではそこまで自分を追い込みたくない、或いは高齢者の場合はもう体力が追いつかない、など人には様々な事情があるし、自分の句以外に興味が持てない人も少なくない。他人の句を読み込む以前に、読んですらいない。

 

句会は「座」で、川柳は「座の文芸」ということになっているらしいから、それなら選者は誰でもいい。持ち回りで全員でやればいいだけのこと。と、私は昔から言っているけれど、これに賛同する人はいない。選者はそれ相応の人がやるべきとのこと。「それ相応」の基準が私には未だに理解できずにいる。

 

そのうえで何を論じるのか、何のために、ということが誰にもわからないのではないかしら。

 

「川柳は何でもあり」という言い方をする人もいるけれど、これは思考停止を誘う言葉かもしれない。

 

                                                     2018.12.28

 

この曲を初めて聴いたとき、久しぶりに「音楽」を聴いたような気がした。こういう作り方の楽曲は過去にも存在するけれど、

近年は理屈っぽいものが横行しているような印象で。

忙しいという漢字は心を亡くすと書く。忙しい、などと口にするものではない。とかなんとか子供の頃に大人に言われたものだ。

子供だから、忙しい、ということがどういう状態かあまりよく理解できず、言われたことだけが記憶に残った。

しかしながら忙しい時というのはあるものなのである。やることが次から次から発生し、片付かないのだから忙しいのである。

疲れる。用事の合間にYouTubeなどを見る。クリスマスソングなのである。ちょっと古いけどゴスペラーズなんかがヒットする。

 

以下の曲、このバージョンはかなり大勢の歌の上手い男性のみで構成されていて、さすがに聴きごたえがあるのだけれど。

歌詞が本当に自分には、意味不明なんである。ほとんどホラーの世界としか思えない。でもでもでも。歌詞というのはこんなもの

なのかもしれない。という気もする。断片の集積。瞬間とフレーズのパッチワーク。素敵な歌声は意味を越えることが可能なのね。

 

                                                 2018.12.24

尼崎市はJR立花駅すぐのカフェ「TeToTe」にて、安福望さんと柳本々々さんの展示。

ギャラリーだと思い込んで店内に入ると、普通に喫茶店だったので少し驚く。

 

々々さんの詩に安福さんの絵。たまたま私以外に客がおらず、ゆっくり作品を眺めることができた。撮影もokとのことで、何枚か写真を撮らせていただく。

 

安福さんの線は非常に繊細で、見る度に繊細さが増している気がして、写真ではその良さが出ない。

 

「鶴」が印象的でした。

 

                                                      2018.12.8

大阪府交野市にある「ほしだ園地」の中にある星のブランコという名前の巨大な吊り橋。この園地は山岳公園というカテゴリー。

展望スポットでは、真正面に高槻市、左は太陽の塔の背中、右の端っこの遠くの方に、京都タワーが点のように見える。よーく見てみないとわかりにくいけれども、とにかくかなりの広範囲が一望できる。

 

景色との邂逅は、人間にはほとんどコントロール不可能で、だからこそとても貴重な時間だと思える。

 

今年の紅葉はとても美しかった。

 

美しい自然との出会いは恩寵と言っていいようなもの。

明日は誕生日なので有休休暇を取った。勝手気ままに過ごす一日の確保は、私の意志で可能。特別美しい24時間というわけでもないだろうけれど、有り難い時間ではある。

 

                              2018.12.2

 

 

               

 

明治生まれの建築家、藤井厚二の「環境共生住宅」で現存し、内部見学が可能な「聴竹居」。

 

本日は《紅葉をめでる会》ということで、事前予約なし。係の方が、きちんと説明して下さる。今年の地震と台風で一部損傷があるとはいえ、昭和3年の竣工当時そのままの窓ガラスは全く傷んでおらず、耐震構造を考え抜いて設計された家屋だけのことはあるなあと驚く。

 

様々な仕掛けがあってとても楽しい、暮らしやすそうな家。

昭和3年にオール電化、冷蔵庫(スイス製)が完備した住宅を建てたなんて信じられないようだけれど、合理的な住宅。

 

住居については、これまで引っ越しが多く、特に昨年の屋移りにあたり沢山考えることがあったので、優先順位は自分の中ではっきりしている。一番大事なのは「体と心に負担の少ない家」ということ。

 

とはいえ、周りの環境も含めて納得できる住まいで暮らすには「運の良さ」は必要かもしれない。

 

この後すぐ近くの大山崎山荘美術館へ。現在の展示は『谷崎潤一郎文学の着物を見る』。この美術館も元々は個人の持ち物。展示のメインである谷崎潤一郎も住居については面白いエピソードがある人。最近は身近な人達から家と土地の相続や始末の悩みを聞くこともあって、「家」は人生そのものだとつくづく実感。

 

 

                                                 2018.12.1

 

                            

                                                

      

                               

                                            

 

 

引越しの多い人生。移り住む先々で、その土地を楽しみたいと思う。去年、京阪電車の沿線に初めて暮らして文化の違いを面白く感じている。

 

子供の頃は阪急電車の沿線に長く暮らしていたから、遊園地と言えば宝塚ファミリーランドなのであった。時々、千里のエキスポランド。灘の動物園、天王寺の動物園。奈良のドリームランドは一度しか行ったことがないし、あやめ池遊園地も行ったかどうか記憶がない。生駒山上遊園地へは未だに行ったことがないし、枚方パークは2回くらいしか訪れたことがないはず。

 

現在、枚方市で暮らしているので秋になれば「菊」は市の主役になるのである。枚方パークの菊人形は一応終わったことになっているけれど、駅、市役所周辺では菊と共に菊人形が展示されているし、やっぱり「見たい」という要望があるのだろうと思う。

今年の枚方パークの菊人形はほとんどホラーの世界なのだけれど、これはギャグなのか、真面目な企画なのか、本当にわからない。

個人的には、かなり面白かった。つまり私は高度な「お笑い」として解釈した。子供は皆、怖がっており、おばけ屋敷と勘違いしている様子だったけれどこれは当たり前の反応であり、そもそも子供向けの展示ではないに違いない。

 

菊人形は一体どこへ向かっているのやらさっぱりわからない。でもきっと、消滅しないのではないか。

 

そういえば、関西で昔ながらの遊園地として営業しているのは枚方パークだけである。客層は幅広く、ゆるゆる過ごすことができる、貴重な空間である。この、ゆるーりとした空気は街全体に存在している。ここが終の棲家になるのか否かまだわからないけれど、土地柄をしっかり味わいたい。

 

                                                

                                               2018.11.23

 

仕事関係はともかく、嫌いな人とはかかわらないことにしている。

負の感情を抱え続けることはしんどいことだし、忘れてしまった方が平和だと思うから。

 

今日、最後に顔を見たのがいつなのか思い出せない程、関わりを持たなくなった人が二人、亡くなっていたことを知った。一人は五年前、もう一人は三年前らしい。病とのこと。こういうことは、今後じわじわ増えていくのだろう。

 

当たり前だけれども、ちっとも悲しくない。嬉しくもないけど。

 

私が人を嫌いになったり、付き合いを避ける理由はとても単純。相手が意識的であれ、無意識であれ、こちらを「粗末に扱っていい人間」に分類しているのだな、と認識した場合。実害が発生し続けるに決まっているから、関わらないようにするのである。

 

嫌いな人が亡くなったという事実は残念ながら、「亡くなってしまえば皆、仏」という決まり文句が適用されない。ただただ、もう迷惑を掛けられる心配が消滅した、という事実を知ったということに過ぎない。

 

                                                      2018.11.19

 

 

 

 

 

 

              

 

十一月だけれども十月桜。

 

                          2018.11.18

京都南座の改修工事が終わり、今年はこけら落とし公演が豪華で顔見世興行を二か月。今月は高麗屋三代同時襲名披露。

 

中でも十三歳の八代目市川染五郎を目当てに出掛ける。以前、この少年が赤子だった頃に南座にて母が目撃。私は後ろ姿しか見ておらず、「赤ちゃん抱いてる人がいるなあ。」と思っただけだった。母によれば「あんなに美しい赤ん坊は初めて見たわ。」とのこと。その赤子は七代目市川染五郎の子どもだったと後ですぐにわかったのだけれど、その子は大きくなったとはいえまだ少年なので、今の美しさもあっという間に変質するに相違なく、少年の役者姿を見るのを楽しみにしていた。

 

役者はあまり変化を感じない人もいれば、見る度に目を見張る程に化ける人もいる。最初の演目「寿曽我対面」で曽我五郎を演じる片岡愛之助を見て、随分大きな役者さんになったのだなと思った。初めて私が片岡愛之助を見た頃は、地味な女形を演じることが多く、きれいな役者さんなのですぐに顔と名前を覚えたけれど、立役を演じることが多くなり、テレビでよく顔を見るようになり、どんどんいい役を演じるようになるのを見ると、一般家庭出身の役者さんがこんなに出世することもあるのだなあと普通に驚くし、面白い。

 

主役の高麗屋の三人が共演するのが「勧進帳」。以前、南座で観た時の配役は弁慶が團十郎、富樫が仁左衛門、義経が菊五郎。とても重厚で、緊張感が高く、仁左衛門の富樫が素晴らしく恐ろしかったのが印象的。

今回は弁慶が松本幸四郎、富樫が松本白鸚、義経が市川染五郎。型も演出も以前観たものとは違う。義経は通常、あまり台詞が無い役だけれども今回はかなり出番を作ってある。感想としては、やはり十三歳にはこれは大役過ぎるな、と率直に思う。台詞も出来ていない。ただただ、ひたむきに演じている。子供と大人の狭間の生き物らしく、性別も超越した存在として舞台上に在る、というところが値打ち。稀に見る美しい少年には一見の価値がある。次にこの役者を見る時にはもう、青年になっているだろう。

それはそれとして、勧進帳の”弁慶”を観て、初めて感動したのだった。私は歌舞伎の荒事にはあまり関心が無いのだけれど、この日の松本幸四郎には打たれた。市川染五郎の時に、何度もこの人の芝居は見る機会があったのだけれど、感動したことはなかった。

とても嬉しかった。

 

                                                    2018.11.14

 

 

 

 

 

 

京都国立近代美術館にて『藤田嗣治展』。

さほど混んでおらず、見やすかった。どういうコンセプトなのか不明ではあるけれど、私は藤田嗣治の絵が好きなので見る機会が多いのはいいことだ、と思う。いいものは何度眺めてもいいのであって、飽きることはない。そう、初見の作品はそんなに多くはなかったのだった。でも全然いいのである。

 

ここの美術館は常設展示の写真撮影が許されているらしい。今回は常設展示の中に撮影禁止の作品が入り混じっていたことで、撮影を注意されたおじさんが逆ギレして随分怒っていた。

うるさいので、他の人達は「あそこまでしつこく自己主張する必要あるか?」と陰口を叩き、私も内心「やかましい」と思っていた。「京都市民に対して、不親切だ!」と叫んでいたのであったがここは国立の施設だよ、と思う。そしてその後、そのおじさんは撮影許可の下りているマルセル・デュシャンの作品を撮影していて、本当に家でデュシャンの作品、見てんのか?と訊ねたい気持ちでいっぱいになったのだけれど、あれだけ理屈を並べたてるひとなら、デュシャン、好きかもなあとも思う。

 

                                                     2018.10.24

 

 

 

 

 

大阪市立自然史博物館にて『きのこ!キノコ!木の子!』という特別展示。

 

長居公園の中にあるこの博物館へは初めて出掛けた。秋晴れの土曜日、大きな公園は人がいっぱい。スポーツの試合も複数行われていたらしい。

 

想像以上に面白い展示内容で、あまりの恐ろしさに近くに寄ることができない標本物も多数。一階のショップではきのこモチーフの様々な商品が販売されており、楽しい。

来館者は老若男女問わず多くメモを取っている人もちらほら。

 

私はキノコ鍋が食べたい、などとぼんやり考えていた。毒キノコというのは種類が沢山ある。何故、絶滅しないで種族は生き続けているのか、ナメクジは如何にして毒キノコを避けているのか、キノコが寄生する虫の種類はどのようなものか、知らなかったことだらけで頭がくらくらする。何でもありのキノコの世界は確かに、魅力的。人間なんて、キノコに較べれば脆弱な生物なのである。という事実を思い知る。

 

博物館を出ると、少年たちの駅伝大会をやっていた。走る人間は、速い。キノコと人間の生きる速度もまるで違うけれど、そんな極端な比較を考えずとも私の生きる速度だって他人とは全然違うのであって、時々、ではあるものの、私も無意識のうちに物凄いスピードを出していることがあるのかもしれないなあ、と思う。

 

                                                   2018.10.20

 

 

 

 

 

『川柳 杜人』2018秋号を読む。

 

今号の特集は、八上桐子句集を川柳、俳句、短歌に関わる三人で読むというもの。

そして後半には高橋かづきさんが坂東乃理子句集を読む、という二冊の句集にまつわるページが軸として編集されている。

 

八上桐子さんの場合は第一句集、坂東乃理子さんは第二句集。この両名の句集についてのエピソードはとても興味深いものがある。

 

八上桐子さんの場合はおそらく、色んな人から句集を作らないのか?何故作らないのか?という問いかけを多くされてきたと推察される。それに対して、「作りません」という意思表明をしていたというのだから、句集をいざ制作するとなった時、内面的なハードルがかなり高い状態だったのではなかろうかと思われる。谷じゃこさんの発言に「攻撃力が強い」句集であるという指摘があるのはそのせいではないかと思った次第。

 

対して、坂東乃理子さんの場合は何と第一句集から32年という年月が経過しているというのだから、

話のスケールがまた違ってくるのである。実は私は坂東乃理子さんは川柳をやめておられるのではないかと思っていたから。

高橋かづきさんの心のこもった文章のおかげで、私はこの第二句集をちゃんと読んでみたいと思った。そして、坂東乃理子さんがどこにも発表しないまま、句を書き続けておられたという事実に胸を打たれた。

 

私は二冊の句集をまとめているけれど、前述のお二人ほどの心意気で作りあげたとは思わない。句集作りは面白いけれどしんどい。

お金もかかる。一冊目は無邪気に時実新子の選による句集を作れたらいいなあ!と思ったのが実現した、ということであって、売ることも何も、作った後のことは考えていなかった。冊数は少しだけでいいと思っていた。二冊目は多少の義務感と、作る楽しさがあった。義務感というのは恩義とその時同列だった。最低でも二冊目は作らなければ、時実新子に対して申し訳がない、ということだ。おそらく、坂東乃理子さんも同じ気持ちで32年を過ごされたのではないだろうか。

 

川柳の句集を自費で作る、ということは、誤解を恐れず言ってしまえば「わたしはこういう何の役にも立たないことに一生懸命になってしまった馬鹿なんです。」と世間に表明しているようなものだと思う。世の中には、「金銭の発生しない、一見無駄なことこそ大事に取り組むべきだ。」と仰る人もいるけれど、それはきれいごとだから。謹呈しても、読まずに捨てられる場合もあるし、手にとったとしても、全部読まれるわけでもなし。そして数年後、誰かの本棚にきちんと残されているかどうかも疑わしい。これらのことを、考慮した上でやるような行為だと考えている。当然、真剣に読んでくれる人がいればとても嬉しいことだけれども、それはおまけのようなもの。

 

今年はつい最近、芳賀博子さんも第二句集を上梓された。タイトルが『髷を切る』。最初、「え?」と驚いたのだけれど、そしてまだ読んでいない(手元にはある)のだけれど、その句集を眺めていて、何だか勝手に腑に落ちる気持ちになってきた。この第二句集は、第一句集から15年を経て作成されている。

 

 

                                               2018.10.14

 

 

 

 

 

 

色んな出来事に押し流されて10月。

うかうか生きてるわけでもないけれど、今年もあと少しで終わり。

 

勤務先は「病」に敏感な企業なので、とにかく心身のチェックが頻繁に行われる。何かでひっかかると、個人メール宛に「早急に受診しなさい」メールが届く。多分、有り難いことなのだろう。

 

それとは別に「唾液による癌を早期に発見できる可能性のある検査」の募集があった。なんて長い名称。一応応募してみると当選したので受診。研究同意書やら、検査2日前からの注意事項やら、細かい準備が必要だったけれど、この検査は人気があったらしい。

確かに唾液の採取で病気が判明できるなら、結構なことだと思う。長生きしたいという願望は無いけれど、病気で苦しむのは避けたいものだから。

 

久保田紺さんは生前、「私はお金で命を買っている」と言っていた。その時は、闘病にはそういう面もあるのだな、と思った。

私がぼけーっとしていたせいか、誰にでも同じ話をしていたのかは知らないけれど、保険のことや病院のことを随分詳しく教えてくれたものだ。教えてもらった通りに保険の特約を付けてみたりした。

欲がある、というのはいいことなのだろう。紺さんは生きたい人だったし、口にするものは美味しくなければ嫌な人だった。

何でも思い通りにやれるくらいにお金持ちでもあった。私は紺さんを見ていて、お金持ちって何でも買えるんだなあと思っていた。

 

では私はそのお金持ちな人間になりたかったのかと言えばそうではなかった。勿論、資産はあるに越したことはない。

けれど、紺さんほどの良い意味での執着心を持ったこと自体がこれまでなかったように思う。それだから、それなりの生活をしているわけだけれども。執着心というものは、生活の質を向上させるのかもしれない。

 

 

今日は公園で20歳の老犬と、3歳の柴犬を一人で散歩させているひとに会った。人間でいえば100歳近いその犬は、背骨が曲がり、ややしんどそうに動くものの、ちゃんと歩ける、眼も見えている、耳も聴こえている、マーブルという名前の雑種、雌犬。生後すぐの状態で、段ボールに入れられ公園に捨てられていたのだそうだ。母はそのひとの話をきいて、泣いていた。

 

 

                                                      2018.10.13

 

 

 

 

 

 

母が2月に脳梗塞で入院し、3月に退院してから半年が経過した。

幸い軽症である。以前のような滑舌の良さは失われたけれど、何を言ってるのかわからないようなことは全くない。時々呂律が回らない時があるものの、稀。

私は発症当日の深夜、母の死を覚悟したし、良くて半身不随か車椅子生活。そんなことを考えていた。だから手足が普通に動くことも、発声及び発語に若干の問題があることも、予想外の事。

もっと最悪の事態を予想していたのだから。

 

母としては、完全に元通りの状態に戻らないことは辛いこととして、やはり運が良かったということに異論はないようだ。リハビリ期間も終わり、友人の紹介で鍼灸医院へ通うことになった。

退院当初は一人で電車に乗ることが怖いと言っていたけれど、少しずつ外出するうちに平気になったらしい。入院以来お休みしていたブリザーブドフラワーの教室にも復帰。手先を使う作業なので、体にはいい。

 

明日は台風がやって来る。一寸先は闇というわけだ。

多分、明日は一日中読書をしているのだろう私。

おかき、あられ、胡桃、ビスコ、煎餅、バウムクーヘン、どら焼き、お饅頭。がある。

果物なら林檎がある。充分だなあと思う。

 

今日は犬の四十九日だった。

 

                                                     2018.9.29

 

 

 

 

樹木希林さんが亡くなられてから、テレビで樹木希林さんの姿を見かけない日がない。他にも様々なニュースがあって、もっと大きく報道されてもおかしくないような事柄はあるけれど、とにかく樹木希林出しとけばいい。みたいな感じにも思える。

 

日常生活を地道に過ごす、ということだけでけっこう草臥れてしまうのは何故かと言えば、やりたくないことを仕事としてしまっているからで、成り行き上これは仕方のないことであり、社会との折り合いをつけるという意味ではまあまあの所で折り合いをつけてしまった結果でもある。おそらくこんな感じで日々を過ごす人は多いだろうから、その真逆にいる樹木希林さんは特に輝かしい存在ということになってしまうのだろう。

 

真剣に色々考えると気絶しそうになるので、私はこれからおはぎを食べて、夜にはお月見をしよう。昨夜の月はきれいだったな。

 

 

                                                     2018.9.24

 

 

書店で教育テレビのテキストが目に入った。『薔薇の名前』。おお、ショーン・コネリーやん!と咄嗟に思い出す。

ここで作家名が浮かばないところが私らしい。読んでないから当然だけど。イタリア人作家の小説は、イタロ・カルヴィーノくらいしか読んでいない。はず。

007からいきなりお坊さんになってしまったショーン・コネリー。ただそれだけで、この映画のタイトルは脳裏に刻み込まれた。

映画公開当時10代の少女だった私には、禿げのおっさんだらけの映画には関心が向かず。今になって、ちょっと観てみようかという気になった。ちょうど蔦屋にいたのですぐにレンタル。

 

とても面白い映画で、おそらく小説よりも一般人に受け入れられるように、うまく脚本も書かれているのだろう。ラスト近くのショーン・コネリーはちょこっとボンド。そしてつくづく、映画俳優というのは顔が命だなあと感じ入る。ここ最近、家で映画を立て続けに観ているけれど、やや古い映画を観ているので余計にそう思うのかもしれない。演技力が備わっているのは当然のこととして、印象に残る顔立ち、というのは生まれ持った財産。歌を唄うひとの声と同じ。

 

ところで映画はただ面白いだけではなく、観た後に様々な面から楽しむことができる重層的なものだった。小説はもっといいものかもしれない。機会があれば、読んでみたい。(机の横に色んな本が山積みなので、まだ買う気にはなれない)

 

                                                     2018.9.20

 

京都国立近代美術館で東山魁夷の回顧展。

 

亡くなられたのが平成11年とのことなので、没後の回顧展は関西ではこれが初めてということになるのだろう。90歳の時の絶筆である作品も展示されていた。

 

おそらく目玉は唐招提寺の障壁画の展示。私は奈良で見たことがあるので、久しぶりだなあと懐かしかった。

 

数年前に香川県にある、県立東山魁夷せとうち美術館へたまたま入った。そこでゆっくり作品群を眺めることができた時に、初めて印刷媒体と実物の差の大きさを実感し、かなり衝撃を受けたのだった。どんな美術作品でも、実物を見るのが最上であることは当然なのだけれど、東山魁夷の場合は印象が違い過ぎた。

唐招提寺の障壁画は寺院の中で、観光客が多かったせいもあり、絵の世界に入り込めなかったという記憶がある。

 

今回の展覧会は混雑を避けたくて平日の朝から出掛けたものの予想以上に大勢の人が観に来ており、チケット売り場もミュージアムショップのレジも行列。会場内では係員さんが「長い間立ち止まらないで下さい」などと声掛けをしているような有様。個人的には作品の配置に問題があるように思えた。風景画はある程度、距離を取って眺めないと全体像が掴めない。そして尚且つ近くに寄って、細部も見たい。それだけのスペースが用意されていなかった。人々が動く方向がきっちり定められておらず、「迷路みたい」「順路がわからない」という声も耳に入ってくる。人が多いので話声も四方八方から聴こえてくる。年末の百貨店みたいな、空間。

 

こんな状況でも集中して絵を眺めることができたのは、東山魁夷の作品がただただ、素晴らしかったからだ。額縁の中は静寂。

 

 

                                                    2018.9.19

 

 

台風の被害は仕事に大きく影響している。動揺するなあ色々。と思っていたら今度は北海道で大地震。

映像を見てあまりの災害の大きさに驚き、そして更に仕事に様々な影響が出て、また動揺する。

北海道には遠縁の方々が住んでいる。連絡がつく地域の人もいれば、全く電話が繋がらない人もいる。(札幌の人が繋がらない)

ニュースでの映像を見ていると信じられないような景色の連続で、現地の人達は気が変になりそうなくらい、混乱しているに違いないだろうと思う。

不思議なのが関西国際空港についても、北海道の停電の復旧についても、政府の方が復旧予想について公に述べているところ。

空港の国内線、本当に明日から運行できるのかな?誰が整備作業するのかしら。そしてどうやって乗客は空港へ行くことができるのだろうか。北海道の状況が、たった一週間でましになるものなのだろうか。

号令をかけるだけのひとって権力者なわけだけれど、一番無責任。

今朝は会社で尼崎市民のひとが、避難所が「予約制」になっていると言って怒っていた。それって避難所とは呼べない。意味不明。

 

                                                     2018.9.6

 

 

 

 

 

 

台風こわいなあと本当に実感した台風。

事情は色々あるにせよ、鉄道各社、横並びで営業停止にしてほしい。地震と違って台風は来るのがわかっているのだから。

会社も閉鎖するのが当然なのだけれど、私の勤務先は本社だからなかなか業務をストップさせようとしない。いつまでたっても昭和な体質の会社なのである。

まだまだ停電しているところもあって、仕事にも影響が出ている。電信柱をやめて地中に埋めた方がいいんじゃないのかと思うけれど一旦地上に作ってしまったものをどうにかするのも難しいだろう。

保存用の水を使おうとしたら期限切れだった、いつもは常備しているインスタントラーメンをつい、日曜のお昼に家族で食べきってしまっていた、懐中電灯を使おうとしたら電池が切れていた、等々の話をひとから聞いて、ついつい笑いごとにしてしまうのは関西人のいけない所。

そして今回の台風で、母が危険な行為をやらかすタイプであることも再確認した。(前から知ってはいたけど)

どうして一番風がきつい時に玄関を開けようとしたり、窓を開けようとしたりするのだろうか。「ちょっと外の様子が気になって」などと言う。死ぬ気か。家を壊す気か。こういう人が、災害の最中に畑を見に行くんだな、と納得。あぶない。

 

                                                      2018.9.5

 

 

 

プランターのゴーヤにまた実がなったので食べる。みずみずしい苦味が美味しい。

肥料もやらずに水だけでこんな風に育つなんて、強いなあと感心する。

 

久しぶりに京都の「ふらすこてん」の句会へ。

色んな人が沢山参加されていた。人の意見は微妙に似ているようでバラバラで、そのひとつひとつにそれなりの理由はある。句会の場合、それら全てを掘り下げる時間は無いのでなんだか飽和状態になってしまいそうではあるけれど、この日の場合は石田柊馬さんが押しピンの役割をされていた。意見の良し悪しの問題は横に置いておくとして(個人的にとても共感した)、ああいう役割が出来る人がいるといないとでは大きく句会の質が違ってくる。人材が揃っているのだなあと思った。

 

 

                             2018.9.2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『バウムクーヘン』谷川俊太郎

 

久しぶりに詩集を買って、読む。バウムクーヘンは大好きだし、ディック・ブルーナの絵も大好きだし、即買い。

 

谷川俊太郎は絵にかいたような「詩人」で、こういう人が存在しているということが、まるで奇跡のような気がする。だから伝説のようにきまりすぎていて、ここ数年はこの人の詩集から遠ざかっていた。10代の頃はよく読んでいたのだけれど。

 

この詩集は作者が解説している通り、「老人の私が書いた大人の詩集」に相違ない。

以前から感じている事を改めて思い出す。それは、ほんの一部の老人のことではあるけれど、老齢になればなるほど、自由になれるのではないか、ということ。このような境地に達するひとの方が、おそらく少ない。それは肉体の衰えに苦痛が伴うことが多いからではないかなと推察する。こころのことを考える余裕がなくなるくらいに。詩人はその辺りをうまく超えてゆくのかもしれない。

 

ページを繰ってゆけば、たちまち幼児期に戻るような感覚になれる詩集は、あくまでやはり「大人」のものだ。

 

「かぞく」「むかしのしょうじょ」「ほしがある」「ただよう」「やめます」がお気に入り。特に大好きなのは「どろ」。

 

       

                                            2018.8.26

 

 

 

 

 

 

 

アンリ・ルソーの「馬を襲うジャガー」が目当てで『プーシキン美術館展』へ行く。

 

私が初めて自分の好みで絵画ポスターを買ってもらったのはアンリ・ルソーだった。その絵のタイトルは「熱帯(密林の猿たち)」というのもで、ポスターはぼろぼろになってしまい、とうに廃棄してしまったけれど、その時の展覧会の図録はまだ持っている。『素朴な画家たち展』という展覧会で、大阪市立美術館で1977年に開催されたものだ。

当時、私は小学生1年生。アンリ・ルソーが当時の一番のお気に入りとなったわけだ。

その時かなり印象的だった画家の一人にニコ・ピロスマニがいた。図録にはちゃんとニコ・ピロスマナシュヴィリと書かれている。

 

それはさておきその後、なかなかアンリ・ルソーの作品と出会う機会がなかった。久しぶりに見ることができるのだなあと楽しみに出掛ける。この絵を見るのは初めてで、この人の絵のデッサンが狂っていることはわかっていたことではあるものの、この堂々たる狂い方には圧倒される。どう見ても、ジャガーが馬を襲うどころか抱き着いてじゃれているとしか見えない。大体、「ジャガー」にも見えない。まあ、そんなことはどうでもいいや。

アンリ・ルソーやジョセフ・コーネルのように、妄想だけで作品を、世界を作ってしまう作家が私は大好きなのだから。

 

風景画ばかり65点の展覧会で、ひときわ目をひいたのは意外にもルノワール。子供の時にはわからなかった凄みを実感する。モネの20代の頃の作品からの4点もなかなか興味深く、日本国内にモネの睡蓮は多く収蔵されているけれど、そこへ至る過程の一端を垣間見ることが出来る。「光」、なのだなあ。ひかり。

 

近所の香雪美術館へ移動。今回は茶道具のコレクション。池大雅の作品を目にするとは思わなかったので驚く。見事な品揃えだった。全体的に清冽な印象。焼き物はその名の通り、炎の記憶が色濃く現れているものが魅力的だし、茶杓は作った人の人格が反映されているように見えるものが面白い。毎度楽しい香雪美術館。

 

                                             2018.8.25

 

 

 

 

 

 

犬の供養にと、友人から花が届いた。ゴージャス!

 

犬の名前が「りりー」だったので、百合の花がメインの花束。とても香りが高くて美しい。大変、有り難く思う。うちの犬は幸せ者である。

 

花束、というものが素晴らしい贈り物なのだとわかるようになったのはいつ頃だっただろうか。それはその辺の原っぱに咲いているお花で作った小さなブーケでも構わない。

贈る相手に気持ちを伝えるのに、これほど適したプレゼントはないのではなかろうか。

花はそのうち萎れるものだ。そこが、いいのである。気持ちはゆるやかに変化してゆくものなのだから。

 

だからこそ、愛する人への贈り物の定番が宝石や貴金属なのは当然なのだ。当たり前のことが腑に落ちるようになるのに、私は時間がかかったなあと思う。

 

 

                            2018.8.24

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先日、久方ぶりにやってみた線香花火にどうしても納得がゆかない。

自分の記憶通りの線香花火がどこかにきっと存在しているはずだと思うのだ。

とりあえずネットで調べて国産の線香花火を購入。なんだか知らないけれど、妙にお金がかかる。どうして私は線香花火に千円以上も支払っているのだろうか。馬鹿じゃないのと我ながら呆れる。けれどこれでも我慢をしたのだ。欲しい花火を全部買えばとんでもない金額になってしまう。

 

すぐに商品は届く。とりあえず、説明書を読む。うーん。上向きに持てと書いてある。上向き?そんな持ち方で線香花火をした覚えはないのだけれど・・・。10時以降はやめましょうとか、細かいことも書いてある。なんだこれ。

 

全部、試してみた。ううううーん・・・・・。こないだの花火よりかはマシ、だ・・・・。でも、これじゃあないな。私が求めているのは。火薬の量が少ないのか。いや、火花の変化するバリエーションが絶対に、貧しい。線香花火はもっと奥深いものだったはずである。こんなしょうもないものではなかったはずだ。いかん。もっと探さねばならない。

 

                                                2018.8.22

 

 

ようやく今日から夏季休暇。そして犬の初七日法要。

 

母の実家は寺なので、叔父さんがお経をあげに来てくれた。叔父は優しい人だから何も余計なことは言わないけれど驚いたのではないだろうか。私も母がここまでやるとは思わなかった。

我が家は狭いので、木魚の音もよく響く。私は「耳、いたーい」とか思いながら正座していた。

 

犬が死んで、かなしい。獣医さんに病ではなく、寿命だと言われても、かなしい。

かなしい時には、かなしさにしっかり浸かるべきだと心得ている。しかしながら母が毎日めそめそ泣いているので私は涙が止まってしまう。おまけに新たに犬のおやつなどをわざわざ買ってきて、お供えしている。叔父さんを呼んでお経をあげてもらう。などの行動を見ているとやや不安になるのだ。ペットロスってこれのことか。

 

動物専門の葬儀屋さんに依頼したので、まるで人間と同じ。棺桶替わりの箱に遺体を入れて、お花や好きだった玩具、おやつを入れる。骨上げをする。骨壺に骨をきっちり全部入れて骨袋に収める。暫くは家で安置する。確かにここまでやれば、母の気持ちもややおさまるというもの。情緒不安定だからこうするのがいいのだろうと思う。ずっとお骨に話しかけているし。

 

「犬の写真をフォトブックにしてよ」と言われて編集作業をする。昔に比べてフォトブックも安くなったなーと感心しつつ、作業。

かと思えばいきなり「花火がしたい」と言われて慌てて花火セットを買いに行く。昔に比べてすぐ終わるなーとがっかりしつつ、花火で遊ぶ。本物の線香花火は一体どこにあるのだろうか。もやもやする。

 

犬と暮らした13年間には色んなことがあって、両親が離婚したり引っ越ししたり、した。犬はデリケートな生き物だから、苦労をかけたのではないかと気にしていたけれど、そもそも捨て犬だったから、最悪の場合、仔犬の時に保健所で殺処分されていた可能性もあったのである。家の中では自由にさせておこうと首輪はつけていなかった。大きな病気もせず、眠るように天に召されたことを思えばまあまあ幸せだったのかもしれない。

 

                                             2018.8.18

 

犬が5日間、ものを食べなかった。水と薬を口に運んで摂取させるのがやっと。

処方された薬が切れて、ここ数日間は仕事を終えて帰宅してからタクシーで病院に連れて行き、注射をしてもらっていた。

 

歩けば10分もかからない距離の病院なので、連れて行くことはさほど苦ではないし、短距離でも嫌な顔をするタクシー運転手もいない。「猛暑の影響で最近は結構忙しい」のだという。つまり短距離の客がいつもより増えているのだろう。

やっと薬が効いてきて、今晩からは自ら餌と水を飲食できるようになった。

 

犬は一か月くらい食べなくとも飢え死にしたりはしないとのこと。ただし当然衰弱する。人間と違って具合が悪いからといって点滴などで栄養を摂ることに効果も意味もないと説明される。あくまで口から食物を摂らなければ生きてゆけないのだそうだ。

 

飼い主にできることは床擦れができないように体を移動させる、定期的に水分と薬を与える、室内の温度の調整、排泄行為の介助、

くらいのものだ。傍で見守るだけ。寝返りはすぐにうてるようになり、基本的にはよろけながらでもトイレシートが敷いてある所定の場所へ必ず歩いて行こうとするので、倒れないように体を支えるくらい。

 

昔、飼った犬は子犬で一歳になるかならないかで病死。二匹目は二歳で交通事故死。今の犬は絶対に長生きさせようと思っていた。

つまり老犬と暮らすのは初めてなので、どのように最期を迎えることになるのかがよくわからない。想像することはできるけれど。

 

犬から目が離せないので、傍で小津夜景『カモメの日の読書』を読んでいた。副題に「漢詩と暮らす」とある。

私が漢詩に接近したのはただ一度、煎茶道のお稽古に通っていた数年間だけである。煎茶道は文人趣味の世界であるから、素養として漢詩の知識がある程度もとめられるけれど、実はとっても苦手だった。苦手意識丸出しの私の為に、当時師事していた宗匠は夏目漱石の話や蕪村の「春風馬堤曲」の講義をして下さった。とても懐かしい記憶であり、『カモメの日の読書』にも登場してくる。

 

犬はほとんど動くことはない。かといって熟睡しているわけでもない。ただ、静かに息をしている。クレートに入れられて、人間に運ばれて、タクシーに乗って獣医さんに注射を打ってもらう。寝転んだまま。寝転んだまま何かを食べて、飲んで、タオルケットをかけられたり、はずされたり、まるでお姫様みたいだなあと思う。けれど彼女はもはや幸せでも不幸でもないだろう。ただただ、不自由になるばかりの我が身が不思議で仕方がないはずである。

 

うつらうつらしている犬の横で、この本を読むのは意外といい感じだった。旅の途中のようにことばが流れていく。いや、流れるように小津夜景は書くことが出来た、というのが正しいか。本来の私なら、漢詩にまつわる本を旅の景色を眺めるようには読むことができなかったはずだから。この本に引用されている漢詩の中で最も印象的だったのは夏目漱石の「無題」。

 

お稽古場では、毎回掛け軸が掛け変えられていた。ある年末のお軸には「無事」の二文字。(こともなし)と読むわけだけれど、いつも大晦日に思い出す床の間の景色だ。茶室で正座したままでも、犬の横に座ったままでも、旅はできる。

 

 

                                             2018.7.28

 

 

 

 

 

『里』5月号に、上田信治さんと北大路翼さんの対談が掲載されている。

対談は今年の3月に大阪は梅田で行われたもので、参加予定だったのを欠席したのだった。

この時は犬の具合が悪くなっていて、もう死んでしまうのではないかと思っていた。

 

幸い持ち直して、元通りの元気さではないけれど何とか生きている。結局、老齢ゆえ体に負担のかかる治療はしない方針でやっていくことにした。できる限り苦痛の少ない晩年を過ごしてほしい。

 

で、遅ればせながら欠席した会の対談記録を読んでみた。対照的なお二人なので、対談として面白い。特に北大路翼さんの発言でウケたのが「エアリー系俳人」という表現。これはわかりやすい。それに対して上田信治さんの返答が「そんなに、人生って実体ばっかりじゃないから」という言葉。私にとってこの辺りのやりとりは漫才としか思えない。現場では真面目に語り合っておられたのだろうけれど。

 

そういえば川柳の世界でも、やたら「お月さま」が頻繁に登場する書き手っているよなあと思い出し、あの人たちは「月光系柳人」ってことになるわけか、やけに風流だなあなどと考える。

 

                              2018.6.30

 

 

 

 

 

 

山王美術館へ初めて出掛ける。

ここはなんと土曜日と日曜日が休館日という珍しい美術館。

行ってみて納得。ホテルの中の、結婚式場の横にある。

3部屋の、こじんまりした美術館だった。それだけに展示内容は充実している。

今年は藤田嗣治没後50年ということで、この美術館の所蔵作品28点を展示中。観たことがなかった作品がほとんど。

子供の姿を描いた作品が多く、個人的に藤田嗣治が描く「こども」が好きなので嬉しかった。この画家が描く幼いものの姿はとても独特で、存在そのものに対する愛が深いなあと思う。

子供の時は、早く大人になりたいと思うけれど、大人になってしばらくすると子供に戻りたくなるものなのかもしれない。

 

女の人と、猫を描いた作品が高値で取引される画家であるときいたことがある。確かに、女性を描いた作品は素晴らしいけれど、眺めているとちょっとかなしくなるのは何故なのだろうか。

 

                                              2018.6.27

 

 

 

 

 

 

 

最寄りの映画館で朝一上映の『万引き家族』を観る。

 

是枝監督の映画はテーマが「家族」と「家族の多様性」であることは知られていること。この監督の作品を全て観ているわけではないけれど、今回の映画はこれまで以上に家族とは何であるか、に加え社会の中で人間が生き延びてゆく厳しさについて踏み込んだ表現がなされていると思った。日本は特に、一度横道にそれると元に戻れない社会構造になっている。アウトサイドにいる人間は人間扱いされていないし、差別したい人が多いのも事実。

 

2004年の『誰も知らない』の場合は社会の「弱者無視」という態度が映画全体を通して描かれていたけれど、『万引き家族』は無視を通り越して持たざる者から搾取する行為(搾取されるのは人間の尊厳と言ってもいい)と、それに対する反応が描かれている点が大きく違う。テレビで「大泣きした」と言った人がいるらしいけど、私は大泣き、なんてできなかった。あの映画を観て号泣できる人は余程幸せな人間なんじゃないのかな。

 

子供をつかうのがとても上手い監督らしく、今回の二人の子供は素晴らしかったし、何よりも安藤サクラが圧倒的だった。とても素晴らしい映画なのは間違いないけれど、誰にでもおすすめするとは言えない映画でもあった。

 

 

 家族ってこんなのかしらレストラン   竹井紫乙

 

 

                                             2018.6.9

                               

 

 

 

結局三日間、会社を休むことになってしまった。薬はゆるゆる効くタイプのもので、いきなり体調が元通り、という訳にはゆかず。 出勤してみれば、私と入れ替わりに同僚が体調不良で病院へ行ったところ、腸炎で入院。隣の席のご家族が、アメリカから帰国したとたん胃炎で病院行き。上司も毎日お腹が痛いと言うし、胃腸の不具合が際立つ6月ではある。

 

うどんとか、お粥とか、ふにゃふにゃしたものばかり食べていると眠い。でもふにゃふにゃのうどんがこういう時には一番おいしい。会社の食堂のうどんはコシが強くて出汁が不味い。

ふにゃふにゃの滋味深いきつねうどんが恋しい・・・。

 

朝の通勤電車でふらふらになって、家へ引き返すということは学生の頃には「よくあること」だったけれど、大人になってからは滅多にない。一瞬、このまま働くことができなくなるような気分になる。

 

  仮縫いのまま動いてはいけません 中嶋ひろむ

 

                                            2018.6.8

 

 

 

 

天王寺の大阪市立美術館で『江戸の戯画』展。

ふざけた内容のものばかりだろうなあと思って出かけてみたら、ふざけ具合はやはり相当なもので、とても面白かった。

特に耳鳥斎(にちょうさい)という人の「地獄図巻」は発想がこれ以上ふざけることは無理!な、おふざけぶり。傑作だと思う。

この人に較べれば、葛飾北斎は真面目過ぎ、つまらん。

洒落ているのは歌川国芳で、どれも素敵な作品なのだけれども、江戸の人だから駄洒落が凄すぎてほとんど意味不明。(野口五郎呼んできてほしい感じ) ”むだ書”という名の、わざと下手な落書きを描いたものが二枚出ていて、それがあまりにもカッコよくって

驚いた。

 

その後にあべのハルカス美術館で『ボストン美術館 浮世絵名品展 鈴木晴信』展も観に行く。

あまりのラグジュアリーな作品群に、一気に眠気が襲いかかる。(お昼御飯を食べ過ぎたせいかもしれない)とにかく、豪奢。

上等の紙に、完璧な技術で、美しい人間と景色のオンパレード。退屈。

 

観る順序を間違えたのだった。

 

                                             

                                            2018.5.26

去年、観に行きたくて行けなかった映画『光』。一日だけの上映会が今日だったので、出掛ける。

一年前は引っ越し前でばたばたしていて、気が付けば上映期間が終了していたのだった。

一年なんかあっという間だから、あまりうっかりしてもいられないものだなあと思う。

 

ざっくりと、どういう筋書きかは知っていたけれど、予想以上に素晴らしい映画だった。

視覚障害の人も、聴覚障害の人も楽しめるように、とても丁寧な字幕が付いていた。最初、見慣れないので不思議に思っていたけれど、慣れてしまえば気にならない。

 

「映画の音声ガイド」の制作現場が話の中心になっていて、映像が見えない人にどのように映画の世界を伝えるのか、言葉選びをどのようにしていくのか、で議論が行われる。この話し合いのシーンがとても丹念に描かれており、川柳を書く私にとっては非常に大事なことが語られている、と感じた。

ことばをおろそかに扱わない。ことばが発する力を、信じる熱意。そして、映画とは、映画を観る、或いは聴くということはどういうことなのか、について。

 

障害の有無にかかわらず、人は誰でもここではない別の世界に浸りたい気持ちがある。それは本や音楽、映画だけにとどまらない様々な方法をきっかけに「世界」の入り口は開かれている。このことを、見事に描いている作品だった。人の体はナマモノだから、限界はあるにせよ、常に世界は開かれているということ。

 

 

先日から日本大学のアメフト選手のことがニュースになっている。加害者の選手が会見をひらいて語ったことが話題になっていて、随分同情されているけれど、私は同情する気になれない。私は暴力行為を絶対に肯定する気がないからだ。

私の体は私の物で、誰もその権利を侵すことはできない。そう信じている。加害者の若者は、彼に出来得る限りの態度をとった。

それは当たり前の反省の態度であって、当然なのだ。異常な大人に囲まれている状況は不幸としか言いようがないけれど、被害者の若者がもしも死んでいたらどうなのか。半身不随になって、まともに働けない体のままだとしたらどうなのか。大体、被害者側にあのような暴力を受けるだけの理由などあったのか。何もない。

 

「世界」は沢山あって、入り口は数えきれないほどあるのだということや、本当の意味で自分を大事にすることを知っていたなら、今回のような事件は防ぐことができたかもしれない。

 

映画の中で、「想像力」について口論になる場面があった。「想像力」って日本の社会の中では軽んじられているのだな。

 

 

                                               2018.5.23

 

 

 

 

 

 

 

二度目の細胞診の結果、今回も良性でとりあえずひと安心な犬。

目がしょぼしょぼ。口がもそもそ。いかにもおばあさんっぽいけど食欲があって、何でもよく食べる。

体は老化していても、心は子供のままで犬は生きている。と思うのは飼い主の目線。子供のままというよりは、素直に命を使っているだけ、というのが正しいのかもしれない。

 

残念ながら人間の社会は素直に命を使い切るのが難しい。生活のどこに力点を置くのかを決めておかなければ、本当はさほど大切ではない事柄に振り回されて年月が経ってしまう。自分は体力が無いから、かなり割り切って、力の使い方や振り分けを判断してきた。

 

それでいいのだと考えているけれど、こういう態度が通らないのが会社の仕事で、当然、賃金が発生するのだから真面目にするのは当たり前。だと思っていた固定観念が崩れてゆく昨今。世の中は変化しているのだなあと実感する。端的に言えば、日本の国力と国民性は低下したのだ。この先、下がったものを上げるのは困難になるだろう。将来、消滅すると言われている事務の仕事に長年従事している私の感想。

 

やりたいな、と思えることがたったひとつでもあれば、絶対やっておくべきだし、他人に何を言われてもどうでもいいと思う。

 

 

対岸に立てば等しくひかること 平田 有

 

 

                                             2018.5.20

 

 

 

 

 

 

連休最終日の夜中から犬の様子がおかしくなり、餌を食べなくなったり動かなくなったり顔がパンパンに腫れたりで、いよいよ危うい状態なのだろうかと覚悟した。獣医さんに診てもらうと、ひとまず薬の投与をします、ということで薬を与えると数時間で顔の腫れがひき、息をするにもぜいぜいしていたのが元の状態に戻った。薬、有り難いよりもむしろ怖い。元気になったのでほっとしたけれど、原因がわからないので後日、検査する予定。老い先短いかと思うとついつい甘やかしてしまう。母が色んな犬用のおやつを買ってきては食べさせている。

 

ひらかたパークで、早朝のローズガーデン散策日。ちょこっと出掛けてみる。種類が多くて見応えがあった。薔薇の名前は面白い。

香りも様々な種類があって、展示がとてもわかりやすかった。以前、菊祭りの時に菊の花ばかりを眺めていた時には何だか花の狂気みたいなものを感じたけれど、薔薇はそういった気配が無い。とても健全な感じがするのは何故なのだろうか。不思議。

 

                 

                                            2018.5.12

 

 

フェスティバルホールで「坂東玉三郎 越路吹雪を歌う」コンサート。

 

母が入院する前に二人分のチケットを取っていて、入院した時の目標は、このコンサートに行くことが出来るように頑張って治療に取り組む、ということだった。

母は脳梗塞で倒れてから数か月ぶりに電車に乗ってお出掛けするので、具合が悪くなったりしないか心配だったけれども、無事一日を機嫌よく過ごすことが出来た。

 

このコンサートは坂東玉三郎の他、元宝塚歌劇団トップスターの真琴つばさ、姿月あさと、凰稀かなめ、ミュージカル俳優の海宝直人の総勢5名で構成されており、主に岩谷時子が作詞、訳詞を手掛けた越路吹雪の楽曲を歌う、という内容。

 

当然、ミュージカルの楽曲とシャンソンが中心になるし、全員が舞台のお仕事をされている面々なので、歌を聴くというよりも舞台を観劇する感覚に近いものがあった。中でも真琴つばさの存在感と表現力の圧倒的な力量に驚かされる。凄い。

 

坂東玉三郎は自分にとってはとても不思議な人で、歌舞伎や踊りの舞台を何度観ても、この人と同じ空間に自分が居ることが信じられない気持ちになる。今回も、歌をうたう、というよりも、美しい日本の言葉を祝詞のように語り上げている、というのが相応しい声の放ち方。

 

エディット・ピアフの「愛の讃歌」については様々な訳詞があるそうで、美輪明宏のコンサートで聴いたものは岩谷時子の訳詞よりも原曲に忠実であるらしい。

(美輪明宏の歌声は壮絶だった。)

 

岩谷時子の訳詞はほとんど、訳というよりも彼女の作品と呼んだほうがよいくらい、原曲の内容とは違うらしいことは何かで読んだことがある。有名な歌なので、子供の頃にすでに耳にしたことがあるはずで、

あまりのロマンティックさにむしろ心に引っ掛かるものがなかった。なのに、なのに、である。今回、坂東玉三郎が歌い上げた、

岩谷時子の訳詞である「愛の讃歌」は初めて聴く楽曲のように麗しかった。こんなに美しい歌だったのかと驚き、私は自分自身の

この反応がとても新鮮だった。

 

人間の声と、日本語は何て面白いのだろうか。

 

 

 

 

                                           

 

去年、発売されてわりとすぐに購入したような気がする。

『早稲田文学増刊女性号』。

とにかく大きく、重く、なっかなか読むことが出来ない。

持ち運ぶことは無理だし、内容が濃いので読み飛ばすわけにもゆかず、最近やっと、

半分くらいまで読み進んだ。

 

短編小説『掃除婦のための手引き書』ルシア・ベルリン

この作品が今のところ最も心惹かれている小説で、訳も素晴らしいのだろう。

 

詩では『世界が魔女の森になるまで』川口晴美。

 

学校生活における体操着がテーマの松田青子の『許さない日』には、同性ながらはっとさせられた。忘れていたことを思い出したような、自分の記憶を疑うような。

 

後半も、面白い作品がまだまだ待ってくれているのだろう。いつ読み終わるのかさっぱりわからないけれど。

 

                         2018.4.30

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4/14から5/13にかけて、『京都国際写真祭』が京都市内19か所で開催中。このうち5か所を見て回ってみる。そんなに写真に詳しいわけでもないし、予備知識も先入観も無い状態で眺めていた。嶋臺ギャラリーのフランク・ホーヴァット、京都新聞ビルの地下にある、印刷工場跡でのローレン・グリーンフィールドの展示が面白く、強く印象に残る。

両者に共通しているのは、今、目の前にある現実に対する距離の取り方。とてもクールで、特にホーヴァットの被写体に対する視線は、とても抑制が効いている。グリーンフィールドの方は被写体そのものには、さほど興味が無いかのようにさえ感じられる。起こっている現象の集積と、それをどのように提示するか、が重要なのだろう。

写真を「アート」として考える、という発想は随分昔から実践されているとはいえ、技術が以前程必要ではなくなったことも含めて

とても暴力的な手段なのだなあと改めて感じた。暴力的、という言葉が言い過ぎなら、危険な手段、と言い換えてもいい。

 

 

 

花園の中で裸でうずくまっている、おっさんが居るのは京都国立博物館。

ロダンごめんね。全然、深刻になれない。

 

『池大雅 展』は告知ポスターを見て、本当に珍しい展覧会だなあと思い、絶対に行かねば。と決めていた。昔、煎茶道のお稽古に通っていたので、煎茶の世界にも縁の深い池大雅は懐かしい絵師である。

「85年ぶりの大回顧展!」とか、「天衣無縫の旅の画家」とか、キャッチコピーはついているものの、おそらく一般的にはマイナーな絵師なので、集客具合はいかがなものかよくわからないなあと思っていたら、連休だというのにあんまり人が入っていなかった。個人的にはゆったり作品を楽しむことができて良かったけれど。

「指墨画」を試すことができるワークショップが開催されていて、係の人も「今回は子供さんの来館が少ないの。子供には大雅は難しいのかしらねー。」と仰っておられた。

 

確かに大雅の南画は大人の為のものと言ってしまって差し支えないだろう。基本的に現実には存在しない桃源郷ばかりを描いているわけで、例えば小学生くらいの子供が大雅の絵を見て「癒されるわー。」と呟いているなら、その子供の疲労は相当なものと心配される。

 

ゆっくり見て回って、ワークショップに参加して、ミュージアムショップでお買い物をして、大体3時間弱くらい楽しく過ごせる。ただし、冷房が効き過ぎてとても寒かった。

 

                          2018.4.28

 

 

 

 

 

 

3月よりも4月の方が、仕事が忙しい。これには理由がある。退職者が出ても補充がないということ、システム変更にまつわる様々な事柄がうまく前に進まないこと、この2つが大きな原因で、多分どこの会社でも似たような問題を抱えているのではないかと思う。

この4月から、非正規労働者は勤務年数を5年越えていれば無期雇用されることになり、労働規約も変わった。ちょうど私はこの法改正に該当する働き方をしていたので、勤務先との契約内容が変わったのだけれど、新聞報道などで書かれているような、労働者にとって有利なことなど、ほぼ、無い。ああいった記事を書いている人達の見識を疑う。きちんと取材を徹底していないことは明白であり、読んでいて馬鹿馬鹿しくなった。

 

ふつうってどんなでしたか春の骨 

こんなふうになって夕ぐれているだけ   伊藤こうか

 

                                                  2018.4.14

 

 

近所でお花見。桜は勿論のこと、桃、すもも、こぶし、椿、山躑躅、、水仙、蒲公英、等々が満開。様々な種類の花を愛でる。

 

三月も今日で終わる。三月は職場では移動や退職、色んなシステムの変更もあってばたばたする。今年は例年よりも、退職される人数が周辺で多かった。一番多いのは定年退職者で、これはどちらかというと、おめでたいことだと思う。後は家族の介護の為に退職する人、子育てと仕事の両立が難しくて退職する人、等々。健康を損ねて退職する人も毎年何人かおられるけれど、この理由の場合は三月とは限らない。そして今年もお菓子の山が出来上がる。

 

                                           2018.3.31

 

 

うまい具合に有休が取れたので、初午大祭の伏見稲荷大社へ出掛ける。早起きして、登山靴を履いて。晴天。

 

山頂まで、山登りとしてはさほどしんどいコースではないものの、とにかく寒くて全然汗をかかないし吐く息は白いまま。

体の悪い人、杖をついている人、ぜえぜえ息が上がっている人、外国人観光客の皆さま(写真撮影の様子が亜細亜映画っぽい)、などなど。今日は会社の仕事としてスーツ姿で来ている人達もいて、あれでは確かに歩きにくいかも。各企業からの奉納品も、他では見たことないなというくらい大袈裟かつ豪華。神社の方々もめっちゃくちゃ忙しそう。

 

稲荷山全体の状況自体が混沌としていて、聖と俗が入り乱れて面白い。昼過ぎには下山した。ら、国内外の観光客が押し寄せて来ていて、人間だらけかつ、どこの国にいるのかわけがわからない感じ。

 

山中の茶屋できつねうどん、大社の参道で名物のすずめの丸焼き(日本産寒すずめ、だそうです)を食べ、駅の近くでいなり寿司を買って帰る。  

 

実は雀を食べるのは初めてだったので、ちょっと勇気が要った。「頭から食べて下さい」と言われたので素直に従ったものの、あまりのワイルドな食感に、心臓辺りがもぞもぞしてしまい、まだ落ち着かない。

 

                                             2018.2.7

 

 

大阪・松竹座で坂東玉三郎の初春特別舞踊公演を観る。今回の相手役は中村壱太郎。

 

完全に舞踊だけの公演なので、解説、挨拶込みの口上から始まる。この時の玉三郎のお話がとても良かった。丁寧で、誠実さがにじみ出た語り口。特に、歌舞伎の公演一回につき、衣装の糸を紡ぐ職人さんも含めれば三千人の裏方が存在しているのだ、という話には驚かされる。大きな役をやればやる程その裏方さんたちの重みを感じることになる。と、隣の中村壱太郎に語りかけるのは当然で、彼はいずれは中村雁治郎になるかもしれない立場の役者さんだから。

 

今回、舞踊は四種。そのうち「鷺娘」を中村壱太郎が担当するということで、楽しみにしていた。「鷺娘」は昔、玉三郎の舞台を観ているので、どのように違うだろうかと。玉三郎の「鷺娘」は幽玄の世界の中に濃い情念が表現されていたけれど、壱太郎の場合は

もっとリアルな若い娘の在り様であり、しかし格調は高い。とても澄んだ世界観だと感じた。拍手は大きく、幕が下りても続いたので場内の観客は皆、満足したのだろう。彼は彼の世界を作ったなあ、と思う。素晴らしかった。

 

圧巻は最後の玉三郎の「傾城」。衣装がとにかく見事で、眼福。

 

楽しいといえばお客さん達を眺めるのも今回は面白かった。お正月公演なので、お洒落をしている人が多く、玄人さんだなと一目でわかる美しい女の人も多かった。私達の両脇は和装姿の女性たちで「久しぶりにきもの着たわー。」と話していた。ベレー帽とマントを合わせた着物姿の女の子もいたし、おじさんも和服の方がけっこういた。幕見席のチケット売り場にも人が並んでおり、随分人気の公演であるらしい。年齢層はかなり幅広く、一人で来ている人も多い模様。劇場ロビーはいつでも興味深い場所なのだった。

 

 

                                              2018.1.13

 

                     

 

 

                               

近鉄の北田辺という駅には、この地に縁のある作家、開高健の文学碑がある。こじんまりしていて、可愛らしい。

縁があると言えばこの北田辺。随分昔、恋人だった男の子が暮らしていたのでよく訪れていた場所でもある。

まさか後年、川柳を始めることになり、その句会でやって来ることになろうとは夢にも思わなかった。

 

何度か早い目に到着して、近辺を散策してみたことがある。この辺りは一軒家が多いのだけれども、随分リフォームや建て直しが

されているらしく、古いままの家屋はさほど多くない。様々なタイプの家が立ち並んでおり、ゆっくり眺めつつ歩いているとなかなか面白い。昔よく寄り道していた店がなくなっていたり、どうしても思い出せない部分があったり。

 

朧げな記憶を辿り、恋人だった人が住んでいた木造アパートまで歩いてみた。記憶はとてもいい加減で、あんなに何度も歩いたはずの道や橋が何だか妙に、違って見える。一体自分は何を見ていたのだろうか。おそらくここだっただろう、と思われる場所になんとなく辿り着く。そこはピカピカの、今時なワンルームマンションに変わっていた。

 

「ふうん。」と思う。

私は引っ越しが多い人間だから、色んな家や部屋の記憶が染みついている。時々、今でも、以前の家や部屋へ行けば昔のままの家具があって、カーテンがあって、そのまんまその頃の暮らしに戻れるような錯覚をおこすことがある。あり得ないのに。

 

 

                                               2017.12.24

 

イルミネーションを楽しむのは、空気が冴え冴えとしている冬が最も相応しいのでしょう。毎年、微妙に違うとはいえ初めて見る

光景、というわけでもないのにやっぱりうっとり眺めてしまう。中之島公会堂は来年が100周年だとのこと。この時期の夜の御堂筋を歩いていると、ほんの束の間だけ、ではあるものの幸福感に包まれる。

ぼちぼち年賀状を用意せねば。と思い、前回の戌年には我が家の犬の写真を活用したことを思い出した。アトピー性皮膚炎のために長期間服用させている薬のせいで肝臓の数値がよろしくないと獣医さんに言われているけれど、元気である。眠る時間が長くなったような気はするものの、

加齢により我儘さは増長していると思われる。白犬だから、「老い」が見た目でわかりにくい。

 

 

Twitter上で俳句にかかわる方々が「わかる」「わからない」について色々な見解を出しておられる。面白いのはいわゆる難解句について論じているのではないという所。態度について。

俳句には俳壇というものがちゃんと存在していて、機能しているのでしょうなあ。と思った。

 

 

上の立場の者が、下の立場の者に「あなたの句はわからない」と言ってしまえば、それは通常は

拒絶の態度を表明した、ということになる。

「どこがどのようにわからない」と説明があれば、それは批評したことに一応なるんでしょう。

 

俳壇における上下関係、が把握できないのだけれど、一般社会に置き換えたとしても、ひとりの

人間の表現や仕事に対して「あなたのやってることはわかりません」の一言だけで片付けようと

するのは普通に情が無いなあと受け取られても仕方がない。これはそういう発言をする人がどういう立場の人なのか、の問題だけど。ただの読者なら、「わかんないものはスルーする」と言っても問題にならない。その人だけのことだから。

 

「わからないけど面白い」は素敵なことなんだけど。

 

                                              

                                              2017.12.10

 

 

 

数十年ぶりにひらかたパークへ行く。あまりにも久しぶり過ぎて、子供の頃の記憶と一致する部分が無い。しかも暗くなってから

出掛けたので、更に園内の様子がよくわからないまま散策。記憶よりも広い敷地のよう。

 

私は高度経済成長期に子供時代をおくったので、遊園地は沢山あったし、随分あちらこちらに遊びに行った。最近ではもう、近辺ではひらかたパーク、生駒山上遊園地、USJくらいしかないのではないかと思う。生駒は実は一度も行ったことがない。そこまで

行かなくとも、エキスポランドと宝塚ファミリーランドがあり主にこの二か所で事足りていた。動物園なら天王寺と灘。たまーに

神戸のポートピアランド。一応奈良のドリームランドは行ったことがある。

 

久々のひらかたパークは見事に昭和の遊園地のままだった。こういう場所は今時、貴重なのだろう。小さい子供からお年寄りまで、

幅広い層が遊べる夜の遊園地はとてものどか。薔薇園の薔薇はまだまだ綺麗に咲いていて、薄闇の中とてもいい香り。

 

勤務先は御堂筋に面しているので、冬のイルミネーションはとても豪華で人混みも凄まじいから妙にテンションが上がってしまうの

だけれど、ひらかたパークは心が和む。ほこほこした。

 

引越してはや半年。近所に銭湯があるのが目に入り、絶対行こうと思いつつ冬になってしまう。

 

銭湯に行くのはなんと20年ぶりくらいになるので、値段やシステムなどがどのように変化して

いるのやら、さっぱりわからない。取り敢えず家から徒歩数分で行けるところなので、手荷物は

小さくまとめて出掛けてみる。

 

行ってみると、昔と変わらぬ様子。値段は440円で、これは大阪市内よりも安い。ドライヤーは

3分で20円。常連客は棚に色々置きっぱなしにしているので、真似してみたいけれどそんなに

頻繁には来ることができないかもしれない。私はやらないけれど、煙草もOKで大きな灰皿も置かれている。マッサージ機ではおばさんが口を開けて爆睡していた。羨ましい。

 

浴場では、家族連れが男湯の子供に向って大声で何時に外へ出るか相談していたり、する。男湯の会話も思い切りよく聴こえる。中途半端な年齢の女の子が母親の背中を流しているのを眺める。発育途中の女の子の体は不思議な形体をしている。自分もかつてはああいう時期があったに違いないのだけれど。

 

普通のお風呂以外にサウナ、水風呂、季節風呂、赤外線寝風呂、電気風呂がある。電気風呂っていいんじゃないかと思って両足を突っ込んだところであまりのビリビリ加減の強さにびびって外へ出る。死ぬ。

 

                                              2017.12.2

 

               

 

仕事帰りに食事に行く途中で寄り道。 会社のすぐ近くに少彦名神社はある。例大祭は毎年11/22.23で、ここは張子の虎でも有名。

大阪の道修町は製薬会社が多く、ここは「くすりの神様」の神社でもあるのでほとんど製薬会社祭りのような状態。縁日のように

出店がずらりと並び、各会社のキャラクターが練り歩く。神社では雅楽。外国人観光客も多く、きっとかなり楽しめたのではないかと思う。森下仁丹さんは、なかなかかっこよかった。

                                               2017.11.22

近所の秋。神社でも、公園でも、菊。特に公園の方は「古典菊展」ということで、肥後菊、江戸菊、嵯峨菊、伊勢菊、丁字菊などが

展示されている。知っている種類もあるけれど、お初にお目にかかるものもあって菊の世界は奥深い。

 

今日は少し風があって肌寒く、やや曇ったり晴れたりのお天気。けれど紅葉は愛でることのできる期間が短いせいか公園には沢山の人が訪れており、大きなカメラを持った人も多かった。

 

                                               2017.11.19

菊人形。久しぶりに見たけれど、相変わらず微妙に可笑しい・・・。これはこれで、残してほしいような気がする。

現在放送中の大河ドラマがテーマ。

 

近くのホールでは、「市民合唱祭」を2日間開催しており入場無料。入ってみる。市内には合唱の団体が20以上あるとのこと。

子供の合唱を聴く。上手い、下手、ということはどうでもよくなる。おそらく小学生の低学年から高学年のメンバーで構成されて

いたその合唱は、声の美しさが印象に残った。あの年頃の人間の声は本当に純度の高いものだと思う。こういうことは、大人に

なってからやっと気づくことができるのかもしれない。

 

どんどん色んな団体の方々の合唱が続くので、中座する。「枚方宿ジャズストリート」というイベントも2日間開催中で、駅近くの

10か所で昼前から夜まで続く。房原忠弘さんというトランペット奏者の方が演奏中のところに出くわしたので、暫く拝聴。とても

良かった。今日は天気が良いと同時に風が冷たいのでじっとしてはいられなかったけれど。ミュージシャンは体力勝負ですね。

 

「ひらかた菊フェスティバル」

菊は枚方市の花。以前はひらかたパークで毎年、菊人形展を開催していた。菊人形をつくるアルバイトを友人がしていたけれど、

私自身はさほど興味はなく、ひらかたパークも数えるほどしか出掛けた記憶がない。

菊の花は種類が多いので、見ていて飽きない。小学生の作品から老人会の合作まで、幅広く市民に菊作りが浸透している様子。

こうやって写真を並べてみると、何だか妙な世界に迷い込んでしまったような変な気分になるのはどうしてかな。

        

                                             2017.11.12

仙台で初めて厚切りの牛タンを食べた。美味しかった。

お土産に買ったお菓子や漬物、総菜、などどれもアタリで毎日喜んで食べていたら肥えた。

 

中でも「黄金 かもめの玉子」は格別。

高校の修学旅行は東北めぐり5泊6日。自分が今、何県に居るのかわからなくなるような旅では

あったものの、松島で観光船に乗った時には台風が近づいていて、船がめちゃめちゃ揺れており、その船のまわりをかもめが群れをなしてついて来る。あんなに間近に飛んでいるかもめを

眺めたのはあれが最初で最後のような気がする。

船を降りるとお土産物売り場に案内された。そこで初めて「かもめの玉子」を見た。

お菓子、である。これがとても気に入って、沢山買ってぱくぱく、おやつにしていた。

関西でも百貨店では販売されていて、何度か購入。つい食べ過ぎるので危険を感じ、最近は

口にしていなかった。

「黄金 かもめの玉子」は金粉がついていて、ちょっとベージュがかった色で、サイズが大きい。レジの上に山積みされていて、思わず籠に追加してしまった。やられた。

 

仙台駅の周辺は、安宿から高級ホテルまであらゆる宿泊施設がぐるりと取り巻いている、

という印象。今回の宿はアパヴィラホテル。調べた時点で一番、施設と場所と値段が妥当な

感じがしたからすぐに予約を取った。

 

線路の真横で、私の部屋からはよく電車が見える。鉄子にはいいかもしれない。

「web予約の特典です。」と言って受付でアパホテルの社長の写真が印刷された、

『アパホテル社長カレー』をいただいた。笑うほどではないけれど、なんか変。

 

ここのホテルは人工温泉の大浴場があって、露天風呂もある。宿泊客がひっきりなしに浴衣姿でうろうろしていて、のどかな感じ。電車の音を聴きながらの露天風呂はなかなか良かった。

 

 

仙台に大阪から行くには、飛行機が一番便利。

 

今回は関西国際空港からpeachで往復の予約を取った。

安いので、きゅうきゅうに狭いんだろうなあと予想。

どうも機体によって随分広さに差があるらしく、帰りの

飛行機は行きよりもゆったりしていた。

 

けっこう揺れるし、乗っている時間も短いし、早起きして

眠い、ということもあって寝ていたのだけれど、当然熟睡は難しい。飲み物を注文すると市場で発売前のスナック菓子がオマケについてくるらしい。こんなに狭くてぐらんぐらんしているのに、売れるもんなのかなー、と不思議に思う。

 

そして仙台空港に到着する直前の機内アナウンスの最期の挨拶は「今日はほんま、おおきに」だったのである。シーン・・・。

何?今のは何?じゃあ帰りは出発地のご当地言葉で送り出してくれるのか?と期待するも、やっぱり最後は「ほんま、おおきに」。

よくよくチケットを見るとそこにも「OOKINI!!」。

 

今時、大阪で暮らしていてもあまり耳にしない「おおきに」。大体、私自身が使ったことがない。何故なら家族、親類がこの

言葉を使わなかったからで、なかなか良い言い回しだという認識はあるものの、体にしっくりこない。

ちなみにpeachの客室乗務員さんは全員、とっても美しい方々ばかりで目を奪われました。

 

 

 

秋祭り。「ふとん太鼓」を使うお祭りは他の地域でもあって、季節は秋とは限らない。今回見物したのは四つの町がそれぞれ違った趣向のふとん太鼓を大勢でひいて、町中を朝から午後まで練り歩くもの。夏日で、皆さんなかなかしんどそう。

宿場町なので昔の船宿が市の史跡として資料館になっていて、マリア観音があるのも土地柄だなあと思う。

 

                                          2017.10.8

 

父方の祖父は大阪の人で祖母は丹波の人。 母方の祖母は大阪の人で祖父は岩手の人。 どうして岩手の人が突然現れるのかと

いうと、祖父の一家は岩手から北海道へ渡り、その地で祖父は結核になった。長生きできないだろうということで仏門に入り、

日蓮宗の総本山のある山梨へ行き、そこで僧侶になった。 大阪で暮らしていた祖母の叔母が同じ宗派の尼僧であり、養子を

探していた。戦時中なので若い男の人が見つからず、かなり年の差があったけれども祖母との縁組が成立。結婚させた二人に

大阪の寺を任せるはずが色々あって、祖父は山梨の山奥の村のお寺の僧侶と村の小学校の教員を兼任することになり、私の母は山梨で生まれ育った。

 

終戦間際に戦地へ赴いたもののすぐに帰国することができたのは幸いだったけれど、大阪の叔母が亡くなり、大阪の寺の仕事を

するべく引っ越し準備をしている時に脳溢血で亡くなってしまった。だからお墓は山梨の村の、歴代のお寺の住職が眠る区画に

ある。 結核で早死にするはずが、故郷から遠く離れた土地で家族を得て、52歳で別の原因で亡くなるのだから人生は不思議。

 

11年ぶりの墓参。11年前はまだ村人が何人もいて、知り合いもいたけれど今は2軒のみ。地元のタクシー運転手さんは11年前も

今回も道に迷った。私にはちんぷんかんぷんな山中でも、母にははっきり道がわかっていて、運転手さんと私には道に見えない道

が、道なのだった。

 

 

『六本木歌舞伎 座頭市』を観劇するのでフェスティバルホールへ。

満員で、客層も様々。幕間には端役、脇役の役者さん達がロビーへ繰り出し写真撮影に応じたり、うろうろ歩いてくれたり。

アドリブが多い芝居でかなり盛り上がる。カーテンコールは何回したかわからないくらい。脚本がリリー・フランキーで演出が三池崇史なので「らしい」内容。目力の強い市川海老蔵に座頭市の役をやらせる、というのは趣向。(勝新太郎の場合もそうだけど)

寺島しのぶは頑張っていた。(こういう言われ方は役者さんはどう思うかわからないけど)周りの人々も「頑張ってたな」と話し合っていた。

 

折角だからコンラッドの40階でお茶でもしよう、ということでお向かいの建物へ移動。残念ながら満席で、一時間待ちだったので

またの機会に。景気が良いのは結構なこと。  見晴らしがいい。今日はお天気だったので明石海峡大橋が見えた。大阪の川が海へ流れ込んでゆく景色は気持ちがよい。 コンラッドには現代美術作家の作品が多いらしく、名和晃平の風神雷神をモチーフにした作品が特に目立つ。この方の作品を初めて目にしたのは「愛・地球博」の会場で、だったと記憶している。あの時の目当てはマンモスだった。冷凍マンモスの事を考えると自分という存在は塵芥以下のような気分になるけれど、いい芝居といい景色を見たので、また明日から頑張って生きてゆこう。

                                             2017.8.13

「まだ知らない」ことは楽しい。

 

新しい土地は面白い。市役所で貰った市政に関わることが網羅されている冊子には、色んな情報が掲載されている。

駅近くには商店街が複数存在するらしく、川原町商店街も紹介されていた。どうやら飲食店が多い地域らしい。

 

どんな感じの商店街なのか昼間に行ってみる。と、ほぼお休み。そして、人通りが少ない。よくよく見ると、スナック、ガールズバー、クラブ、などが多い。空気も建物も、めっちゃ昭和。そっかー、夜のまちだったのかー。と納得。食事ができる店の種類は色々で、イタリアン、焼肉、焼き鳥、串焼き、鰻、和食、中華、韓国料理、フランス料理、などなど。商店街の出入り口には、地元出身の絵本作家さんの手による作品が使われていたり、ちょっとしたつぶやきが電信柱にあったりして狭い区域ながらも楽しめた。

 

日が暮れてからどれだけまちの表情が変化するのか私には想像できないけれど、営業時間帯に歩いてみたいと思った。勿論、御飯も食べたい。勝手な憶測をすればおそらく昔は歓楽街で赤線地帯だったのではないかという感じ。

 

ところで私の人生交差点って、どこだったんだろう?

 

                                            2017.7.17

普通に用事があって、土曜日にスーツを着て出掛ける。とてもいい天気で、休日モードの街にスーツを着て出歩くというのはあまり

嬉しい気分ではないけれど、昼過ぎに用事が済んだので国立国際美術館へ。

 

『ライアン・ガンダー展 -この翼は飛ぶためのものではない-』同時開催で、この美術館の所蔵作品をガンダーが企画展示する試みの『かつてない素晴らしい物語』。

 

展示作品は写真撮影可能、であるにもかかわらず、図録が完売していた。これは凄いことだと思う。入館するとすぐに学芸員の方の

講演が始まって、何となく聴いてみる。が、作品を見る前にあまり裏話などを耳にするのもなんかつまらないなあと、途中で聴くのを止めて展示室へ。展示方法は随分凝っていて、作品の見せ方自体が作品となっている。面白がって楽し気に笑いながら見て回っている人もいれば、真剣な顔つきで見つめている人もいれば、反応は様々。観客の年齢層もかなり幅広い。けれどスーツ着用者は何故か私だけで、勝手に学校の先生になったような錯覚を覚える。それはさておき、同時開催の展示も含めてとても素晴らしい展覧会だった。頭の中が解放されつつも、それだけで終わらず、作家が提示するボーダーレスの意味が後を引く。

 

帰りは京阪電鉄・渡辺橋駅から電車に乗った。駅構内に色んな作品が展示されている。幼稚園児や高校生の作品もある。今井杏奈という作家の作品が特に目を引いた。あとで知ったけれど京阪電車の中之島線各駅で作品展示を行っていたのだった。全部見て回ればよかった。

 

                                           2017.6.17

 

『安福望✖柳本々々 会話辞典 きょうごめん行けないんだ』

 

まだ最後まで読めていないけれど。辞典なので、どこから読んでも構わないわけで、本自体が軽いので持ち運びが楽で、うまく出来上がっているなあとまず、物体そのものに感心したのだった。

 

詩と愛と光と風と暴力ときょうごめん行けないんだの世界     柳本々々

 

本のタイトルは々々さんの短歌から。

 

誰に対して「ごめん」なのかと言えば、世界全方位に向って謝っているようにも

読めるけれども結局は自分に対しての「ごめん」なのだな、と思う。

自分に置き換えて考えてみれば、私は私にあやまらなくてはいけないことが

沢山ありすぎて、だから過ぎたことを振り返るのはとても苦手なわけだけど、

この会話辞典には過去と未来が混在していて、そこがいいところ。

 

安福さんの絵は線がドライなので、静けさが素敵。

 

                         2017.5.31

 

 

 

現実逃避中。

 

 

カルピスに沈み瞑想しておれば赤白帽の手足絡まる

 

 

様々の鳥の鳴き声聴きながらいけないものを転がす六時

 

 

桃缶の匂いをさせてやって来るぼうぼうのヒゲ光るシロップ

 

 

お互いの体温だけでのさばりぬ春の布団のお葬式かな        竹井 紫乙

 

                                          2017.5.30

 

 

 

私には、二冊の句集がある。『ひよこ』と『白百合亭日常』。その両方の、手元の

在庫が0になった。現在、取り扱いがあるのは以前と変わらず「あざみエージェント」でのネット販売、「葉ね文庫」「居留守文庫」での店頭販売。

 

『ひよこ』よりも『白百合亭日常』の方が刷った数が少なかったので、なくなるのが早いのは当然としても、やはり両方の相乗効果なのだろう、早かった。

 

自分にとっては丁寧に制作した大切な本でも、川柳の句集というのはそうそう売れるものではない。『ひよこ』を作った時に、時実新子のパートナーであった曽我六郎さんに「君のような無名で、川柳の交際の狭い人はかなり在庫でしんどい思いを

することになるよ。誰も買ってくれないから。」と言われていた。

 

そんなものなのだな、と思った。その時の私はただ、時実新子の選による句集を作るということに執着しており、時実新子からも「売りなさい。ばらまきはいけない。」と言われ、この両名の言葉がどういう意味を持つのかまでは考えていなかった。呑気。

 

二冊目の構想は、一冊目を作って数年後にはぼんやりと出来上がっていたけれど、実際に着手するには10年程かかってしまった。

 

「葉ね文庫」に両方の本を置いてもらえることになった時、手に取って、中味を確認したうえで誰かに買ってもらえるんだと思うと

とても嬉しくて、そしてあわよくば二冊共読んでもらいたい、という願望から『ひよこ』は¥1000で販売していただいた。定価は¥2000。これはそもそも私が決めた価格ではなかったから、こだわりはなかったのだけれど、もう残り僅かになってしまったので

最後は定価に戻すことにした。残り物には福があるとかいうし、本当に欲しいと思って大事に読んでくれる人のところへ届けばいいなと願っている。

 

                                              2017.5.7

 

 

 

 

 

 

録画してあった番組を見る。教育テレビ「こころの時代」の今回のテーマは宮沢賢治。吉増剛造が岩手まで取材へ赴く。

詩人が詩人を読み解く旅をする、という内容。吉増剛造が特に宮沢賢治の研究をしているわけでもなく、むしろあまり今まで特別な

興味を抱いていなかったというところがポイント。

 

私は20年ほど前に、たまたま知人の手伝いで詩のイベント会場に居た。京都の小さなギャラリーで、今振り返ればなかなかの豪華

メンバーだったように思う。イベントのラストが吉増剛造の朗読だった。その頃、詩人は50代だったはずなのだけれども、相当に

浮世離れしており、(見た目は一見普通のおじさん)妖精のおじいさんに見えた。羽は付いていないけれど、なんだか風船みたいに

どこかへ飛んで行ってしまいそうに思えたのだった。勿論、メディアにもちょこちょこ登場する方だったから、名前も顔も既知では

あった。朗読していた詩は、当時の私でも読んだことのある、有名な代表作だったはずで、新作ではなかった。何というか、その頃若者だった私には、人間に見えない詩人という名の生物を初めて認識した、忘れられないひと時であった。

けれど番組中、真摯に宮沢賢治の詩に向かい合う吉増剛造は人間に見えた(当たり前ではあるけれど)。詩の読み解き方も、とても

面白い。

 

没後90年近く経っても、色んな人が様々な資料を調べ続け、研究し、書かれた作品の解釈が変化してゆくというのは、それだけの厚みがある、ということではあるものの、作者の生い立ちから人間関係、関わった人達の消息まで、あらゆる角度から調査して発表する行為は作者への敬意が少しでも欠けていれば、その関係者に害をもたらしかねない行為でもある。

 

本当のこと、というのは所詮当事者にしかわかり得ないし、心の中のことなど尚更で、それでも詩や短詩というジャンルにはどうしても完全な虚構はあり得ないのかもしれないと改めて思う。そうして私は吉増剛造が朗読した宮沢賢治の「わたくしどもは」を聴いて、号泣してしまったのだった。もし、何の解説も無しにこの詩を本で読んだらどうだっただろうか。こんなに泣いてしまっただろうか。まさか、と思いつつ、もう別の読み方は暫く出来そうもない。この事の良し悪しは一旦棚上げするとして、朗読を聴いた時に

生じた感情自体は決して消すことはできない。

 

 

安福望さんの個展「詩と愛と光と風と暴力ときょうごめん行けないんだの世界」 

 

 柳本々々さんと安福望さんの対談が約一時間。夫婦漫才みたいな感じになるのかと思いきや、観客もお二人も椅子に座った状態

 で進行したので、楽な感じ。お二人のすぐ後ろが窓で、川縁で、桜の木々があって、もう大分散っていたけれどひっきりなしに

 お花見する人が入れ替わり立ち替わりやって来る。親子連れ、バイトの休憩時間らしき人、夜桜の場所取りの人、等々。

 

 対談中のお二人には見えていないに決まっているけれど、何てのどかなことよと思う。展示作品にも桜が多く描かれていたけれど

 本物の桜の景色と重なって、観客側からの風景はとても良かった。

 

 柳本さんと安福さんにとっての「きょうごめん行けないんだ」についてのお話や、短歌に絵を付ける場合の歌選びから描く過程

 についてのお話しなど、興味深いことが色々。

 

 安福さんの絵はネット上でも見ることができるけれど、原画の方が繊細さが味わえて数倍いいなあと思う。

 

 

昨日の夕方から今朝にかけて雨。昼頃には止んで、曇り。気温と湿度は高い。

 

引越し屋さんが見積もりに来る。犬が吠えるので散歩へ連れ出す。少し歩けば桜並木のある道へ出る。通常であれば花見客で賑わっているけれど、天候がよろしくないので人はあまりいない。晴れた日の桜も美しいけれど、曇天の桜もいいものだと思う。

 

本日は何て静かな春でせう。

 

                                             2017.4.8

 

『はいくま』

 

私はフランス語がわからないので、大阪生まれの「みやもと・ちあき」さんというイラストレーターの女性と、ジル・ブリュレという仏蘭西人の詩人の作った、俳句の本であるということくらいしか情報としてはつかめない。日本語訳が付いているので普通の絵本として楽しんだ。フランス語の発音がわかれば韻の楽しみ、という部分も大いに味わえるに違いない。

 

小さな女の子目線から見た、くまちゃんとの日常世界。私も幼少期にくまのモンチッチを愛玩していたので、懐かしい気分に浸れる一冊。(余談。当時は猿が苦手なのでわざわざ熊を選んだけれど、モンチッチのシリーズには狐や狸も存在した)

 

内容がシンプルなので、妙に深読みし過ぎてしまいそうになる。

 

 くまちゃんのかげもやっぱりくまちゃん

 

 わたしをまもろうとめをあけたままねむるくまちゃん

 

 くまちゃんはわたしのケーキもアイスクリームもぬすみぐいしない

 

 くまちゃんとわたしときをこえて

 

私のくまは、左手にバナナを持っている。なんで猿じゃないのにバナナ?と不思議に思っていた。単純に、頭部だけを付け替えて製造されていたにすぎないのだけれど、このくまは、永遠にバナナしか食べることができないのか。つまらないなあ、などと真剣に考えていた。

 

                                              2017.3.9

 

 

 

先月行ってみた阿倍野の居留守文庫さんに句集、その他を置いてもらおうと準備。

 

川柳関係の書籍は置いてないようだったので、本棚から出せるものがないか調べる。

なかなか難しい。売れなくても構わないにしても、一応売り物にするわけで、あまり変な本は

出せない。人から頂いた本などは書き込みが残っていたりするし、状態がきれいで、内容的にひとにおすすめできるような本でなければ出す意味がない。

 

近くに学校がある地域だったので、あわよくばこれまで川柳に全く興味が無かった子供が手に

取って、立ち読みでもしてくれればいいなあと思う。ので値段は当然、古本だし低く設定。

でも本当は売れてくれなくても全然いい、という本には高いめの値段をつけた。

 

こういう作業は時間がかかるし難しいのだけれど、楽しい。喉が痛くても発熱していてもやって

しまう。そして送る本を読み返してしまい、どんどん睡眠時間が減ってゆくのだった。

 

 

                                               2017.3.8

 

 

 

 

 

 

大阪阿倍野の古書店「居留守文庫」へ行ってみた。

 

『週刊俳句』で小津夜景さんが紹介されていたので、面白そうな本屋さんだと思って調べてみると『川柳 北田辺』の句会場から

徒歩圏内であることがわかったので、句会の前に立ち寄ることにした。

 

静かな下町の住宅街に上手い具合に溶け込む古書店。でも外観は微かに自己主張を発信しているように見えた。

客は私一人きりだったので、ゆっくり見て回ることができた。小津夜景さんの棚から一冊俳句の本、他の棚から二冊文庫本を購入。

前の持ち主がわかっている古書を買うのは初めて。(この本は古書と呼ぶにはとてもきれいだったけど)そしてこの文庫にはスタンプカードが存在するのだった。キュート。

 

            

                                          2017.2.26

 

 

 

大量の大型可燃ごみを出す為、有休を取って早朝から片付け作業。午後まで庭の片付け。

 

根付いている木、植物はそのままで転居して良いと言われてはいるものの、老木の藤の木や、巨大化しつつある紫陽花、オオデマリ、柳、などは気になるので全部ノコギリで切る。小さい庭であっても様々な物品もあり、いちいち可燃、不燃、リサイクル、大型ごみ、に分けるのは頭が痛い。

 

木の枝を積み上げていく。昔話のおじいさんが背負いそうな枝の山が出来上がる。

 

水仙がもう終わりで、さざんかがあと暫く花を咲かせそうな感じ。この庭で咲いた花をいけるのはこれが最後だなあということで、少し活けてみる。

 

沢山の植木鉢があり、ほとんど処分しなければならないのだけれど、ここ二か月の片付け作業のうち、この庭道具を捨てる作業が母にとっては最も悲しかったようだ。

 

この家には新築の状態で引っ越して来たので、庭造りは両親が何も無い状態から始めた。

私は植物にも庭にも興味がなく、そもそも庭に出たこともなかった。花を活けるようになったのは一人暮らしを始めてから。鉢植えを部屋に置くようになったのも、友人から引っ越し祝いにプレゼントしてもらったのがきっかけだった。

 

庭造りに成功した、とは言えないような庭になったなあ、と心の中で思っている。母には言わないけれど。それでも、母にとっては楽しい思い出が詰まった空間だったのだろう。

 

片付けがひと段落して、窓ガラス越しに庭を見ると鳥が飛んで来た。と思いきや地面に這い出してきたトカゲをぱくっとくわえて飛び去った。華麗。

 

                                             2017.2.1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『しりあがり寿の現代美術 回・転・展』伊丹市立美術館へ出掛ける。

「回転」がテーマなだけに、あちこちらであらゆるものがグルグルグルグル回転している。監視係の人達は目が回らないのだろうかと心配になるくらい、回り続けている。

東日本大震災が主題の作品も多く、墨絵作品の「崩」、立体作品の「ピリオド」が強く印象に残った。

とはいえやっぱり「しりあがり寿」という看板の漫画家さんなので、どれだけシリアスなテーマを扱っていても笑いの要素は忘れない。笑ってはいけないものをあえて激しく笑いぶっと飛ばしているのである。素晴らしい。

 

漫画、と言えばルーブル美術館がヨーロッパのバンドテシネの作家や、日本の漫画家に、ルーブルをテーマにした作品を依頼した展覧会の日本巡回展を先日観た。

自分が日本人で生まれも育ちも日本なので、バンドテシネと漫画は全然、違うなと思うのだった。どうやら作品の流通方法も制作ペースも同じ職業であるとは言えない程に相違しているらしいのでルーブル側の「第9番目の芸術」という括りにしてしまうには、少々無理を感じるのであったけれども、なかなか面白い展覧会ではあった。

日本の漫画家は過酷な労働者でもある。凄まじい競争を潜り抜けて漫画を発表しているけれど少し売れたくらいでは生きてゆけない世界なのだから、当然今日のしりあがり寿にしろ、ルーブルが作品依頼した人達にしろ、絵を描くレベル、発想力が非常に高い。

久しぶりに沢山、漫画が読みたくなってきた。

                               

                                               2017.1.28

                                  

 

収納スペースが大きい部屋を個室として使っているので、片付けを始めると「何これ」な物体が次々出現する。

しかしながら確かに、私の物だ。生まれて初めて履いた靴。仏教系の保育園に通っていたので、初めてのお数珠。

何でこんなものたちが残ってたのだろうか・・・。先日は産まれた病院で手首に付けられていた認識ベルトみたいなものが

出てきた。うへー!

「大阪光の饗宴 2016」

 

 中之島界隈が一年で一番美しい季節。一週間前までは銀杏が見事だったし、今日からクリスマスまでは図書館と公会堂の

 プロジェクションマッピングが毎晩行われる。今晩は月がとてもきれいだった。

 

                                             2016.12.14

 

金田一耕助ニューバージョン(池松壮亮)  横溝正史短編「百日紅の下にて」 

 

百日紅の木の下で話をしているから、もじゃもじゃ頭にお花が積もるのはまあいいとして、焼け出された男が背負ってるのがぬいぐるみ、っていうのは面白すぎる。

 

この短編は「私の名は金田一耕助、取るに足らぬ男です」の台詞で終わる。来年の年賀状で使おうかと思う。「取るに足らぬものです」なんて台詞、一生言う機会なさそう。

横溝正史の金田一耕助シリーズは何といっても角川映画が映像作品としては代表的。色んな役者さんが金田一を演じているけれど、

石坂浩二の演じる金田一さんが一番好きだった。市川崑監督との相性が良いせいかもしれない。最近、映画『獄門島』を放送していた。ほぼ同日に(変な表現だけど)ドラマ版の『獄門島』も放送された。今回の金田一耕助役は長谷川博己。脚本が映画とはずいぶん違う。基本的なストーリーは変わらないけれど(なんたって推理ものだから)、金田一への解釈が違う。

映画版は必ずしも原作に忠実というわけではないし、かなり市川崑のカラーが色濃いなと思う。

もしかしたら、今回のドラマ版の方が原作の空気感には忠実なのかもしれない。ともあれ長谷川博己の金田一耕助はとても気に入ったのだった。石坂金田一を越えたかもしれない。

しかしながら、予算の都合だとは思うけれど脇役のキャスティングはいまいち。場所の設定は瀬戸内海なのだけれど撮影場所は佐渡市と柏崎市。気候風土の違いが画面から伝わってしまう。でもまあ、長谷川博己という役者にはぴったりの海だった。

市川崑の使う役者は皆、色気がだだ漏れなくらい艶々している。今回のドラマにはそういう湿度が無かった。そこが今時。

 

 

維新派『アマハラ』 奈良 平城宮跡

 

 文化庁事業で奈良市の主催「東アジア文化都市2016」の舞台芸術部門。維新派最後の公演なので、前売りは完売だけれど当日券

 狙いで仕事を休んで出掛けてみた。当初の天気予報では雨のはずで、雨ならチケットは簡単に取れるだろうと思っていた。ら、

 物凄い晴天。早い目に到着するよう家を出たのにすでに当日券を待つ行列ができていて驚く。ちゃんと当日券の購入はできた

 けど。お客さんは次から次からやって来て客層は老若男女問わず色んな人がいる。

 

 とにかく夏並みに暑い。10月も中旬に半袖で平城宮跡を歩き回ることになるなんて。ここは10数年前に友人と来て以来だ。

 当時よりも整備が進んでいる。管理が文化庁で、発掘途中の遺構なので公演許可が下りるのは簡単なことではなかったらしい。

 ただの原っぱにしか見えないけどね・・・。空が大きく見える、だだっ広い気持ちの良い場所。

 

 舞台と客席は、生駒山と対峙する位置にある。夕方17時過ぎからの公演なので、生駒山の後ろへ夕陽が落ちてゆくのが正面に

 見える。滅茶苦茶眩しかったけどその美しさに客席から感嘆の声があがる。超満員。

 

 初めて維新派の舞台を見たのは18歳頃だったと思う。小さな空間でも野外でも関係なく、いつも素晴らしい世界を見せて

 いただいた。松本雄吉さん、長い間ありがとうございました。

 

 帰りの電車では今回のディレクターである、平田オリザさんと偶然同じ車両だった。演劇空間が細い糸のように繋がって

 伸びているような気がして、見事な月と共に、なんとなく印象に残った。

                                          2016.10.17

 

 

拙句集『ひよこ』『白百合亭日常』について、柳本々々さんが

色々な角度から、何度も文章を書いて下さっている。

 

何度も読まれることに耐えうる句集であってほしいと思いながら

制作するわけだから、これはとても嬉しいことだ。

 

そして、『ひよこ』を作って十年以上の月日が経っても未だにお金を払って読んで下さる人達が存在しているということ。時実新子先生には、「句集をばらまきしてはいけません。忘れた頃に、ぽつりぽつりと売れるのが本当にいい句集です。」と言われた。先生は本を、それも川柳の本を沢山売った人だ。この言葉はだから、重い。

 

短詩が常に、書く人と読む人との関係性で成立するものなら、句集は尚更人間関係を引き連れて来る。その関係性が深いか浅いか、強いか弱いかは、どれだけの熱量を句集に投入したのかを問われることでもある。一方で、幸福な出会いというものは、そうそう滅多にあるものではないのだ。

 

                                          2016.10.2

 

 

 

【短詩時評 note27】死ぬ前に書いておきたい現代川柳ノート:わたしが川柳を好きな五つの理由―ヴァルター・ベンヤミンと竹井紫乙から― / 柳本々々  http://sengohaiku.blogspot.jp/2016/09/tanshi27.html?m=1

 

 

週刊俳句 Haiku Weekly   http://weekly-haiku.blogspot.jp/

第493号
あとがきの冒険 第10回
あったこと・ないくせに・なんとかなる
竹井紫乙白百合亭日常』のあとがき
柳本々々

 

 

 

 

 

 

大阪中央区の重要文化財建造物「日本綿業倶楽部」、通称「綿業会館」の館内見学へ行く。

 

以前から、中に入ってみたいと思っていた。昭和6年の建物だけれども未だに現役で使用されており、なかなか見学予約が取れない。通常は土曜日が見学日。今回は予約が捌ききれないらしく、イレギュラーな見学会であったらしい。昼食付きで、会員食堂に通してもらう。写真撮影は自由なれどその写真をブログ等で使用するのは禁止、ということで以下の写真はおまけでいただいたポストカードの写真。会員制の倶楽部でテナントの会社が入っている建物というのは色々制約があるよう。

 

係の方の説明はわかりやすく、丁寧で興味深いお話しばかり。色んな様式の部屋があったり、用途の部屋があったり。

戦時中に銅像やシャンデリアなどを国に献納しているそうで、戦後復元したとのこと。大阪大空襲後の写真を見せていただくと、近所ではこの建物だけが無事だったことがわかる。勿論、奇跡などではなく作りが頑丈だったおかげ。進駐軍に接収された際、内部の改装を行わないよう掛け合ったらしく、内装はほぼ戦前のまま保存されたらしい。

 

ところどころ、ちょっと傷んでいる部分はあるものの、沢山の人々の愛着のかたまりのような建物。そして細部に至るまで手抜きは一切なし。床から天井、階段手摺、調度品や絨毯まで隙がない美しさなのに居心地がとても良い空間だった。

 

                                                 2016.8.26

 

大阪の万博記念公園にあった遊園地が無くなって随分経つ。最近、長い間かかってようやく新しい施設が完成した。

廃墟のようになっていた跡地を見るのは常々物悲しいものがあったので、良かったなあと思う。

 

『ニフレル』という海遊館が経営している小ぶりな水族館。水族館とは言っても、鳥、ホワイトタイガー、カピバラ、キツネザル、

色々いる。基本、鳥は放し飼いなのでぶんぶん飛びまくっており、何故かキツネザルと鳥の距離が近い。世界で一番大きな鳩もいて、美しい顔をしている。見どころは予想外に沢山あったけれど、中でも一番人気はホワイトタイガー。ちょうどおやつのお肉を道具を使って食べさせる時間帯だったらしく、老若男女問わず虎に夢中!水槽の中で遊ぶ白い虎。っていうのがいいのかな。

虎自体は肉にしか興味がないので、食べて遊んだらあとはのんびりしている。猛獣は人間の好奇心をざわざわさせるもので満ち溢れているのだった。

                        

兵庫県立美術館の常設展示室。

 

従来からのコレクション展示に加えて、「手で見る造形」ということで、アイマスクをしてロープを伝って三つの彫刻作品を手で鑑賞する。説明の音声だけでは正直言って、さっぱり何が何だかわからなかった。指で直に作品に触るだけでは、頭の中で像が完成しなかったのだった。

 

わからなさ加減にも驚いたし、たったの30分程アイマスクをしていただけで、外した時の眩しさといったらかなりくらくらするくらい。決して明るすぎる照明の部屋ではなかったのに。

 

視覚に頼り切って生活していることに気付かされた。

『生誕130年記念 藤田嗣治 展』兵庫県立美術館

 

数年前の大回顧展とはまた違う趣き。前回は会場が京都で今回とは場所も違う。

初めて目にする作品もあって、興味深かった。ふた昔前は日本で制作されたきちんとした画集すら手に入らなかったし、まとまった数の作品を見ることが出来るのは秋田の平野政吉美術館だけだったように思う。10年くらい前に、この美術館が目当てで秋田へ行った。フジタが制作した作品の中で、最もサイズの大きな作品がこの美術館にはある。予想以上に素晴らしかった。

  

海外の印刷技術は日本のそれよりもかなり劣る。だから講談社が没後35年に制作した画集はすぐに入手した。それ以前は古書店で、1977年に展覧会の図録として出版されたものを見つけて購入。この図録には当時の展覧会の入場券が挟み込まれていて、阪神百貨店の八階催場でたったの11日間だけの展示だったことがわかる。 

  

最近はフジタに関する本の出版も多いようで、(映画の影響もあるのかもしれないけれど)評価の変化には驚く。おそらく、残されている戦争画が公開されるようになったことも関係しているように思う。戦争画、というものを検証することすら出来ない状況があったのだ。まだまだ作業はこれからなのだろうけれど、一部の作品だけとはいえ、見ることができるようになったことはいいことだと思う。これらの作品も含めて藤田嗣治なのだから。ちなみにフジタの戦争画を初めて見たのは京都での展覧会だったけれど、展示方法や、展示の流れのせいか前回とは絵の印象が違うのだった。見せ方で、こんなに印象が違うものかと意外に感じた。当然、戦時下でこれらの絵を見るのと、平成28年に見るのとではまるで受け取り方は違う。見る側の問題ということ。絵は変わらない。

 

                                          2016.8.14

 

 

数日前から我が家に迷い込んでいるモスラちゃん。

 

最初、三階から入って来てあちこちに移動。水も食料も供給できないし外に出た方が御身の為であるよ、と何度も外に出ていただこうと促すも不動。今日はたまたまカーテンにくっついていたので

窓を開けて反対側から叩く。ベランダにべたっと落ちたのだった。どうも、すでにお亡くなりになっていたようで、動かない。

 

三階のテラスでは蜂がひっくり返っている。蜂のことは「はっちゃん」と呼んでいる。モスラちゃんだの、はっちゃんだの、無理やり可愛らしく名前を付けては嫌悪感を薄めるように努力しているのだ。基本的に虫が嫌いなのである。したがって、亡骸の始末もやりたくない。一階の庭に箒で叩き落せば蟻の大群がきれいに食べてくれるかも。ちょっと前にアリコロシを大量に撒いたので、数は減っているかもしれないけれど。

 

                                                2016.8.11

 

 

 

ETV特集「女ひとり 70歳の茶事行脚」

 

あまり内容がわかっていなかったけれど、タイトルが面白そうだと思って録画していた。

 

依頼された茶事を行うことを生業としてきた70歳の女性の、2014年から二年間の、仕事ではなく、好きで勝手にやってる茶事の記録。押しかけ茶事、みたいな。これはこれで凄い。自信も勇気も体力も知力も必要だし、何といってもアポなしで一人で車に道具一切合切を運んで各地へ旅するのだ。野宿したりして。

 

今回の二年間の旅は新潟から始まって、福島で終わる。途中、体調を崩して思ったような茶事ができなくて落ち込んだり、病で入院したり、これまでのように体が動かないことに苦しんだり、する。

京都の瑞峯院の和尚さんに悩みを語ると、「花一輪に飼い慣らされていったら(いいんじゃないですか)」と返される。何て素敵な言葉。

体の変化だけは人間がなまものである以上、どうしようもない限界が必ずある。本気で花一輪に飼い慣らされることができれば、確かに70歳の苦悩は和らぐかもしれない。けれど、私の祖母のことを顧みても、何でも一人でやれる人ほど、老化を受け入れることは難しいことだ。朝、新聞を読んで、自分が完全に内容を理解できていないことに気付いて絶望して、泣いていたことを思い出す。その頃祖母は80歳をとうに越していた。

 

旅の最後の福島県では、女子高生三人に声を掛けて雪の河原で茶事をする。10代の女の子たちと、70歳のおばあさんの会話は、シンプルである。茶事の終わりにひとりの女の子が「寒いんだけど心があったかいからそんな、寒いとは感じませんでした」と感想を述べた。彼女こそが花一輪なのだな、と思う。咲くのはこれからだけど。

 

                                         2016.5.15

 

 

 

 

 

 

BLOG俳句新空間【短詩時評18にゃあ】竹井紫乙✖柳本々々の猫川柳ワンダーランド『ことばの国の猫たち』とわたしたち

タイトル、長い!要するに、私と々々さんの対談。猫、および動物を取り扱った川柳について、が基本テーマで、あとは色々話が広がってしまっている。話の広がりはとめどもないので、あまり広がり過ぎないように一応、気を遣ったつもり・・・。

作業はとても面白かった。鼻炎の薬がとてもきついので、黄砂が飛んでなければもっとはかどったかもしれないなあと思う。

 

作業は連休中だったので、お出かけしながら、ずっと対談の内容のことを考えていた。国立国際美術館『森村泰昌━自画像の美術史━「私」と「わたし」が出会うとき』内容が濃くて、面白過ぎる。森村さんの展覧会は初めてではないけれど、今回は最も強烈だった。映像作品が圧巻。森村さんの大阪弁が素敵。

対談で、「わたくし性」の話が出ていたので、森村さんの「私」と、ちょっとかぶるなーと考えながら作品を見ていた。「わたしがわたしをぬけていく面白さ」。

 

次の日の伊丹市立美術館『エドワード・ゴーリーの優雅な秘密展』。勝手に、ゴーリーはイギリス人だと思い込んでいたのに、アメリカ人と判明して一人で驚く。

 

子供向けの本としてはかなり難しい作品を、初期からずっと制作していたことに感動する。不吉のオンパレード。ご本人の発言は到ってまともで、「世界は不安なものなのだから、不安のまま、不安におとしいれる」とか「出版社の連中は臆病者だらけ」とか「不幸になるのに理由はない」とか。確かに、因果応報とか教訓の世界なんて、下らない。そして、それらは嘘であり、偽善でもある。

この人の絵本は原文で読むのがいいらしいけど、翻訳版もなかなかの素晴らしいセンス。中でも『華々しき鼻血』は訳がとてもいいと思った。内容はけっこう残酷だけれども、絵は品があって、決してグロテスクではない。本当に悲惨な場面の一歩手前の情景が描かれている。だから尚一層怖い、という手法。

 

とても人気があるらしく、この小さな美術館には珍しく沢山のお客さんで埋まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

大阪の西天満の辺りに、老松町通りという所がある。

この通りには、美術商、古美術商などが軒を連ねている。

誰でも買い物できる店ばかり、とはいえ一般人相手の店は少ない。

 

来年の春辺りまで、イレギュラーな仕事でこの界隈に月に二回は足を運ぶことになった。今日はその仕事の日で、非常に気持ちが疲れてしまった。少し回り道をして老松町通りを歩く。岡本太郎の大きめの作品を飾っている店があった。店内に入ってじっくり眺める勇気はないけれど、色んなお店のウィンドーを眺めながら歩く。美しいものばかりなので、気分転換には、なる。

 

この通りでは骨董市のような、一般客が足を運びやすいイベントもたまに開催される。このコップはその時に購入した。明治初めに大阪の天満界隈のガラス工房で作られた、失敗作だ。本来は、もっと透明度が高くなければいけない。もっと薄く焼かねばならない。サイズは女性の手のひらに収まるくらい、小さい。これでは容量が少なすぎる。

 

なのに何故、私の手元にこのコップが存在するのか。それは私が「これ、いいな」と思ったように、この失敗作を気に入った人間が何人も存在するからだ。店主の説明では、このような失敗作は通常は廃棄されるので、今となってはちょっとした珍品扱いになるらしい。

 

最近はあまり使っていなかったコップだけれど、今日のように神経をすり減らした日には眺めたり、転がしたりするのにちょうどいい。手放す気は、ない。

 

                                             2015.12.22

 

 

 

 

新潟県産の洋梨をいただいた。 ル レクチエ という種類。

初めて見たし、初めて食べる。 日本の梨よりも洋梨が好きなので

とても嬉しい。 有の実という別名がある。この梨は実がとても

大きいので有の実という呼び方のほうがふさわしいように思う。

香りがとても佳い。 日本の梨で苦手なのが食感のざらざら。

これはなめらか。味はさっぱりしていて、後味すっきり。美味。

 

昔、迷惑を掛けられた相手から佐賀県産の梨がひと箱届けられた。

母がそれを見て「これで、なしにしてってことかな。」と言った。

冗談じゃないよ、そんな洒落。笑えない。相手の真意は別として

そもそも日本の梨が好物ではない私には苦い思い出になった。

 

こちらの梨には、そんな因縁は、ない。ただただ、おいしい。

食べ物に幸せな記憶がくっついている、ということは素晴らしいこと

だと思う。またひとつ、増えた一日。

 

                                              2015.12.17